第325話 指導開始

 数日後、ようやく作業手順書の準備が整った。ロザリアからもネロからもリーリエからも合格点をもらったので、まずは大丈夫だろう。あとは雇った職人たちの意見を聞きながら改善していこう。


 気になるスノウウルフのことだが、ライオネルから「村にスノウウルフが現れることはなくなった」と正式な報告を受けた。これで一安心だな。


 念のため、数人の騎士を春まで滞在させることにしたようだ。騎士たちが安心して任務に当たれるように、ホットクッキーや魔石懐炉、魔法薬類を差し入れしておいた。喜んでくれると良いんだけど。


「昨日話していた通り、今日から職人が来るよ。最初は予定通り、屋敷の工作室で指導してもらいたい」

「分かりました。準備は整っていますよ、アレックスお兄様」


 一つ、大きくうなずきを返してきたお兄様。これから俺がやることが重要な役目を持っていることは分かっている。それだけに、アレックスお兄様も心配なのかも知れない。

 だが、心配ご無用。そこまで難しいことをするわけではない。万年筆を作る方がよっぽど難しくて、神経を使う。


 それにこの日のために作業手順書も作ったし、作る工程も見直して、より簡易的に作れるようになっている。これなら『クラフト』スキルを持っていなくても、十分に作ることができるだろう。さすがに工業化はまだ無理だが。

 無理だよね? できそうで怖いけど、止めておこうと思う。


 三人の職人がやって来た。三人ともそれなりの年齢に達しているようで、「親方」と呼んでも申し分なさそうな貫禄をしている。

 まずはお互いに挨拶をして、交流を深めることにする。その中でリラックスしてもらえるとありがたい。


「それでは少し前まで、工房の親方をしていたのですね」

「そうなんですよ。ですが、いつまでも私が工房にいると、息子の肩身が狭いと思いましてね、身を引くことにしたのです」

「ウチも同じです。身を引くまでは良かったのですが、やはり職人の血が騒ぎましてな。このまま終わるのかと思っていたところに、ハイネ辺境伯様からのお誘いがあったのですよ」

「そうだったのですね」


 どうやらアレックスお兄様は引退した親方に目をつけたようだ。

 それなら技術力も持っているし、開発力もある。うまく行けば、息子の工房も利用できるというわけだ。何という策士。


 そしてそれを可能とする親方をピンポイントで見つけてくる手腕。アレックスお兄様の目はどこについているのだろうか。闇に生きる住人をひそかに抱えていたりしないよね?

 俺にも自前の忍者がいたら楽しいだろうなと思うけどさ。


 話によると、三人とも『クラフト』スキルを持っているようだ。これはもう、すぐに終わるな。俺が教えることなんて、ほとんどないだろう。それならそれで、リーリエの指導に力を入れよう。まずは手取り足取り……。


 三人の緊張がほぐれてきたところでさっそく作業を開始する。作業手順書を見せると、三人は驚いていた。


「作り方を紙に記しているのですか? これがだれかに盗まれたらどうするつもりですか!」

「ウワサには聞いていましたが、やはり考え方が私たちとは違うみたいですね」


 どうやら普通の職人たちは「技術と作り方は見て盗め」という考え方のようである。それもそうか。そうでもしないと模倣品が出回ることになるからね。


 だが俺の考えは違う。模倣されても、他の追随を許さないほどの量と質を保ち続ければ良いのだ。そのためには、高品質な物を安定して作り出さなければならない。そのための作業手順書である。


「この作業手順書で分からないところや、改善点があったら遠慮なく言って欲しい。すぐに作り直すからさ」

「わ、分かりました」


 困惑する親方たち。こればかりは慣れてもらうしかないな。ハイネ辺境伯家の工房はこんな感じである。

 さっそく作ってもらうことにした。ガラスペンに鉛筆、その他文房具。覚えてもらうことはたくさんある。ひと手間かかる魔道具作りは後回しにしよう。


 親方たちは喜々として作ってくれた。さすがは職人歴が長いだけはある。俺やロザリアとは違い、動きに迷いと無駄がない。そして覚えるのも、作るのも早い。これは追加の職人はしばらく必要ないかも知れないな。


「素晴らしい! こんな商品があるとは」

「この発想はなかったですな。まさかガラスをこのように使うとは、恐れ入りました。ガラスの装飾品というのも良いかも知れませんね」

「鉛筆、すげぇ。消しゴム、すげぇ。これがあれば紙が汚れない。図面を途中で書き直すこともできる」


 どうやら絶賛してくれているようである。ちょっと照れる。そんな職人たちを横目に、俺はリーリエに指導中だ。『クラフト』スキルがなくても、何度も練習すれば、どれも作れるようになる。そこまで複雑じゃないからね。


「ほら、リーリエ、肩の力を抜いてごらん。失敗しても良いんだよ。そして、親方たちと比べたらダメだよ。あれは特殊な訓練を受けた人たちだからね」

「わ、分かりました」


 リーリエには筆箱の作り方を教えている。これは布の模様によって色んな種類を作ることができるからね。その分、センスが必要だ。リーリエには女の子が喜びそうな柄の筆箱を作ってもらうことにした。男だらけだからね、この部屋。

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