第324話 試食会

 クッキーができるまでの間に万年筆の話をしておこう。こちらはまだ積極的に売りに出す予定はないので、ちょっとした極秘事項である。

 だがしかし、新しく家族になったアンベール男爵家に遠慮はいらないだろう。


「ファビエンヌ、実はもう一つプレゼントしたいものがあるんだけど」

「何でしょうか?」


 窯の中をチェックしていたファビエンヌがこちらを向いた。俺は胸の内ポケットから万年筆を取りだした。


「これは万年筆と言ってね、新しいペンなんだ。ガラスペンを渡しておいてこれを出すのはどうかと思うけど、これはインクをこの部分にためておけるようになっているんだよ」


 ファビエンヌに万年筆を渡しながら説明する。まさか、みたいな顔をしているファビエンヌに試し書きをさせると、ものすごい勢いで食いついてきた。


「すごい発明ですわ。これは……商品化しないのですか?」

「今はまだ無理かな? 部品が複雑で大量には作ることができないんだよ。今度雇うことになる職人たちの腕が良くなって、その人たちの弟子が増えたら商品化するかも知れない」

「残念ですわ」


 万年筆をジッと見つめるファビエンヌ。どうやら気に入ったようである。これは良い展開!


「それでさ、ファビエンヌに万年筆をプレゼントしようと思っているんだ。もちろん、アンベール男爵夫妻にもね」

「本当ですか? うれしいですわ!」


 どうやらかなりうれしかったようで、感極まったのか、俺に抱きついてきた。胸の辺りにむにゅっとしたものが当たる。薄々感じていたのだが、ファビエンヌって年齢の割におっぱいが大きいよね。お義母様も説明がいらないくらいに巨乳だもんね。


 慌ててファビエンヌを支えると、目の端に後ろを向いたネロとミラの姿があった。どうやら二人とも気を遣ってくれたようである。


「そ、それでですね、どのような万年筆が良いのかをファビエンヌ嬢に聞きたくってですね」


 激しく動揺した俺は思わず敬語になってしまった。しょうがないよね。体は子供だけど、心は大人なのだ。体の一部がホットになってしまっても仕方がないよね。


「どのような、と言うことは、形を変えることができるのですか?」


 ようやくファビエンヌが体を離してくれた。ファビエンヌの着るドレスがゆったりとしたものが多いなとは思っていたが、胸の大きさを隠すためだったのか。確かにあれは凶器だ。

 落ち着け、落ち着くんだ俺。ファビエンヌに不愉快な思いをさせてはならない。


「形と言うか、模様を変えることができるよ。俺のはシンプルなデザインだけど、お義姉様たちの万年筆には色んな装飾を入れているんだ」

「なるほど。そのようなことができるのですね」


 その後はファビエンヌとあれやこれやと話している間にクッキーが焼き終わった。窯を開けると、さらにおいしそうな香りが漂ってきた。待ちきれないミラを押さえつつ、粗熱が取れるのを待った。

 その間に万年筆の大まかなデザインも決まった。これでよし。


「さっそく試食してみるとしよう。ミラは普通のクッキーを食べようね~」

「キュ」

「俺たちだけじゃ魔法薬の食べ過ぎになるから、他の人たちにも試食させられないかな?」

「お父様とお母様に聞いてみましょう」

「そうしてもらえると助かるよ。それじゃ、ひとまずはサロンに移動しよう」


 ミラに一つクッキーを与えてからサロンへ向かった。運良くまだアンベール男爵夫妻がいた。話し合いはまだ続いているようだが、そろそろ休憩時間にしても良い時間帯だろう。


 二人に事情を話すとすぐに引き受けてくれた。サロンに続々と集まってきた使用人たちを巻き込んで試食会を行う。


「私はこの甘くないクッキーが好きかな。ちょっとした刺激があって、お酒に良く合いそうだ」

「こちらのしっとりとしたクッキーも良いわよ。口の中がパサパサにならなくて良いわ」


 他にもたくさんの意見が上がった。やはりと言うか何と言うか、男性陣からは甘さ控えめの方が好まれた。お酒のつまみにするつもりなのかも知れない。

 話し合いの結果、甘いのと、甘くないのの二つのホットクッキーから試すことにした。もちろん、口の中がパッサパサにならないクッキーにする。


 試食会が終わったあとは昼食をごちそうになった。午後からはアンベール男爵家の薬草園を見せてもらったり、ファビエンヌの部屋に行って魔法薬の話をしたりして過ごした。

 終わってみれば、楽しい一日になっていた。「お嬢さんを下さい」発言をしたときにはどうなるかと思ったが。


「今度はいつ会えるかな」


 帰りの馬車で思わずつぶやく。これからの季節はいつ雪が降って、いつ道が閉ざされるか分からない。そうなれば、雪解けまでファビエンヌに会えない可能性だってあるのだ。俺たちには秘密の指輪があるけど、それでも顔が見たいときだってあるだろう。

 ……テレビ電話にすれば良かったかな。


 屋敷に戻った俺はさっそく万年筆作りに取りかかった。職人たちに教えるようの作業手順書はロザリアがチェックしてくれていたようだ。ところどころに印がついている。

 印がついているところを見直していると、今日の勉強を終えたロザリアが工作室にやって来た。


「ありがとう、ロザリア。これを見てくれたんだね」

「はい。リーリエと一緒に見ましたわ。リーリエもこれなら自分も作れそうだと言っていましたわ」


 ロザリアの隣でリーリエが首を縦に振っている。リーリエ、遠慮しているのかな? 普通にしゃべってもらって構わないのに。


「リーリエもありがとう。そうだな、職人たちに教えるときに、リーリエもやってみるかい?」

「や、やってみたいです」

「それじゃ、一緒にやろう」


 顔を赤くしてリーリエがうなずいている。これってもしかして、もしかしちゃったりするのかな? 俺はネロの顔を確認することができなかった。

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