第321話 動き出すハイネ辺境伯家
翌日からさっそくみんなが動き出した。カインお兄様とミーカお義姉様は朝から騎士団のところへ向かった。ダニエラお義姉様は昨日の「身代わりの件」を正式な書類にして、雪深くなる前に王都に送るつもりのようだ。
職人たちに商品の作り方を教えるのは、商会の建物の中が片付いてからになるそうだ。そのため俺には数日間の猶予がある。その間にファビエンヌ嬢のところに行きたいところだ。
部屋に戻り、すぐに手紙を書く。急な訪問になってしまうけど、商会がもうすぐ立ち上がることを伝えれば大丈夫だろう。
書き終わった手紙を使用人に渡すと工作室へと向かった。ロザリアは午前中にダンスの練習があるようだ。ミラも一緒に参加しているようで、工作室にはだれもいなかった。
「ちょっと静かすぎるけど、これはこれで作業がはかどるかも知れないな。作業手順書を作っておこうと思う。紙を持ってきてもらえるかな?」
「すぐに準備します」
作り方の手順を紙に書いておけば、俺やロザリアがいないときに何かあっても対応することができるだろう。より効率の良い作り方を職人たちが考案すれば、それを作業手順書の中に取り込んで行けば良い。
必要な作業手順書は……洗濯機に食器洗い乾燥機、ガラスペン、魔石懐炉、鉛筆、それに付属するもの。あとは液体のり。うん、結構多いな。こんなことなら毎回、地道に作っておけば良かった。今度からそうしよう。
紙と格闘している間に昼になり、そのまま午後からの授業を受けた。今日も遅れた分を取り戻すため、かなり詰めた学習になっている。さすがのネロも四苦八苦していた。
俺が調査団に参加したのが原因でネロに負担をかけてしまった。気をつけよう。
夕食の時間の前に使用人が手紙を持って来てくれた。差出人はファビエンヌ嬢だ。どうやら俺の手紙が届くとすぐに対応してくれたようである。ありがたや。
すぐに内容を確認すると、明日でも構わないと書いてあった。ちょっと急だけど、このときを逃すと次は雪解けのころになってしまうかも知れない。これは行くしかないな。
このことを報告するべく執務室に向かうと、そこにはお父様とアレックスお兄様の姿があった。
「失礼します。何か問題でもありましたか?」
「いや、順調だぞ。それよりも、何かあったのか?」
お父様が片方の眉を上げて尋ねてきた。本当? 何か小声で話していたよね。アレックスお兄様はいつものポーカーフェイスなので分からない。ちょっと気になる。
「明日、ファビエンヌ嬢の家を訪問しようと思いまして、その許可をいただきに参りました」
「そうか。先方には連絡してあるのだよな?」
「もちろんです」
そう言うと大きくうなずいた。そして、ほんのちょっぴり口角が上がったような気がした。気のせいかな?
「それならば構わない。そう言えば、ファビエンヌ嬢も魔法薬を作れるのだったよな?」
「ええ、そうです。領内に流通している『肺の病に効く魔法薬』を作ったのはファビエンヌ嬢ですからね」
しきりにうなずくお父様。妙な予感がする。一体何を考えついたのだろうか。お父様とアレックスお兄様が意味ありげに目配せを送り合っている。まさか……。
「実はな、ホットクッキーを売りに出そうかと思っている」
「騎士たちの評判が良くてね。もちろんそれだけじゃないよ。使用人たちにも大好評なんだ」
「食べさせたんですね……」
「もっと幅広い意見が欲しくてね」
少し気まずそうな顔をしているお兄様。どうやらお兄様はホットクッキーがとても気に入ったようである。確かにこれさえ食べておけば、暖房器具がない場所でも働くことができるからね。
そうか。商会での作業が増えれば、商品の販売交渉に出向いたり、店舗の様子を見に行ったりする機会が増えるのか。その移動中は確かに寒いよね。それはもちろん、アレックスお兄様だけでなく、ダニエラお義姉様も同じだ。
ダニエラお義姉様はハイネ辺境伯領での初めての越冬だ。凍えることになるだろう。ミーカお義姉様も。そしてそれは従業員も同じだ。それならやはりホットクッキーの生産が必要になるだろう。
「ファビエンヌ嬢に商会で働いてもらえないか、お願いすれば良いのですね?」
「お願いできるかな? 労働条件はこちらから改めてアンベール男爵に提示させてもらうよ」
「分かりました」
あー、大変なことになってしまったかも知れない。ファビエンヌ嬢に変な負担をかけさせてしまったな。これは明日の訪問のときに謝らないといけないな。
「ああ、それから」
「他にも何か?」
「うん。ファビエンヌ嬢をユリウスの婚約者にと思ってな、アンベール男爵に打診している。了承の手紙をもらったので、ついでに挨拶して来るように」
「わ、分かりました」
すでに知っているとは言えるわけもなく、微妙な空気になってしまう。ムードも何もないな。そのまま三人で打ち合わせをしていると、夕食の時間になった。
「ユリウスお兄様、私がいない間に何か新しい物を作りませんでしたか?」
隣の席のロザリアがちょっとほほを膨らませてこちらを見ている。どうやらどうやら今日は朝から忙しくて、工作室にこもる時間がなかったようである。
そんな顔をしていると、お母様に注意されるぞ。
「作ってないよ。あえて言えば作業手順書を作ったくらいかな。まだ完成はしていないけどね。あとでロザリアにも見せるから、思ったことを言って欲しい」
「分かりましたわ」
頼りにされたことがうれしかったのか、ニコニコ顔になるロザリア。そしてそのまま機嫌良く夕食を食べ始めた。
夕食の席で、明日の朝からファビエンヌ嬢のところに出かけることを告げると、ミラが飛びついて来た。今日は一日中、離れ離れだったもんね。明日もそうなるかと思って必死のようである。
どうしようかな。ミラも一緒に連れて行こうかな。そうすればきっとファビエンヌ嬢も喜んでくれるはずだ。ミラも寂しい思いをしなくても済むし、一石二鳥だな。
そのようなことを提案すると、ミラがものすごい勢いで頭突きをしてきた。相変わらず変わった愛情表現だー。
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