第320話 身代わり

 アレックスお兄様とダニエラお義姉様が考え込んでいる。厄介なことになっちゃったかな。成人したあとならそこまで問題にならなかったのかも知れない。でも成人まではあと五年くらいあるんだよね。待ちきれないよ。


「身代わりを用意した方が良いかも知れないね」

「アレックスお兄様の名前ではダメなのですか?」

「うーん、それは私がユリウスの手柄を取ってしまうことになりかねないからね。遠慮しておくよ」


 やはりアレックスお兄様はそれほど欲張りではないようだ。他人の手柄を自分の物にする人なんて、それこそ星の数ほどいると思うのに。お兄様は真面目だなぁ。


「それで身代わりですか。それって大丈夫なんですか?」

「キッチリと書面にして国に提出しておけば大丈夫だよ。過去にも身代わりを立てた話があるからね」


 そう言ってアレックスお兄様がダニエラお義姉様の方を見ると、お義姉様がしっかりとうなずいた。どうやら本当に過去に例があるようである。それなら安心なのかな。


「ユリウスが成人したときに国がつまびらかにする。それが条件だけどね」

「なるほど。国が保証することで、国とその人物のつながりを強調するわけですね」

「そういうこと」


 国にとっては優秀な人物が手に入り、つながりも作れる。損はないということか。これ以上、俺の名前が世に出るのはまずいと思う。悪いことを考える人はどこにでもいる。

 国とのつながりはすでにダニエラお義姉様とのことでつながっているので、今さらだろう。


「分かりました。アレックスお兄様、私の身代わりを立ててもらえませんか?」

「よし、そうするとしよう」

「国に提出する書類は私が責任を持って作成するわ。安心してちょうだい」


 ダニエラお義姉様がしっかりと請け負ってくれた。アレックスお兄様は商会の立ち上げで忙しいからね。ダニエラお義姉様も忙しいだろうが、矢面に立っているのはアレックスお兄様。お兄様に比べるとまだ余裕があるのだろう。

 結局、二人の仕事を増やしちゃったなー。何かお礼をしたいところだ。


「それじゃ、身代わりの名前を決めないといけないわね。何が良いかしら? ミスターYとかはどう?」

「え?」

「うん、良いんじゃないかな」

「ええ! それでいいのですか?」


 二人が笑っている。どうやら俺が驚いたのが面白かったようだ。いやだって、さすがに適当すぎない? ロザリアもネロもリーリエも目が飛び出そうになってるぞ。ミラは……良く分かっていないみたいだね。こちらを見上げて首をかしげてる。


「よし、今日からミスターYがユリウスの身代わりだ。これからは何でもミスターYがやったことにするんだぞ。もちろんこのことは外部で口にしてはいけないよ」


 笑いながら圧をかけるという器用な技をアレックスお兄様が見せつけてきた。ライオネルバージョンとは違い、お上品である。いつか俺も習得したいな。学園に入ったときとか、役に立ちそう。


 ダニエラお義姉様はさっそく書類の準備に入るみたいである。またあとで、と笑顔で言うと部屋へと戻って行った。そして夕食の時間になったときにはすでに書類をほとんど完成させていた。素早い。


 どうやらダニエラお義姉様は秘書としての能力が非常に高いようである。これならアレックスお兄様も安心して仕事を任せられるな。

 突然のダニエラお義姉様の発表にお父様とお母様は驚いていたが、説明を聞いて納得したようである。この件に関しては全面的にダニエラお義姉様に任せることにしたようだ。


 そのときのダニエラお義姉様の顔はとても誇らしげだった。自分の実力が両親に認められてうれしいのだろう。ちゃんと結果を残すことになるし、お飾りの辺境伯夫人じゃないことを証明できたのだ。それはうれしいか。


「さてと、他には隠していることはないかな?」

「えっと、もうご存じだとは思いますが、ホットクッキーという魔法薬を作りました」


 みんながうなずいた。たぶんみんな試食済みなのだろう。騎士団からの追加の依頼が来るのも時間の問題だな。現段階で批判が来ていないところをみると、「問題なし」として扱われているようだ。


「念のために聞くけど、あれはお菓子じゃなくて、魔法薬なんだよね?」

「分類的にはそうなります。体を温める効果がありますからね」

「うーん、それじゃ現段階では売り物にはできないね。ミスターYの開発品として、登録だけしておこう」

「お手数をおかけします」


 アレックスお兄様が残念そうな顔をしている。きっと売りに出したかったのだろう。だがしかし、今は魔法薬師を雇う余裕はなさそうだ。職人を集めるだけでも大変そうだもんね。


「ようやく人員が集まりました。来週には正式に商会を立ち上げることができると思います」

「そうか。アレックス、良くやってくれたぞ」


 お父様もうれしそうだ。次期辺境伯が立派に独り立ちして事業を始めたのだ。うれしいに決まっている。

 現段階でも、領地では競馬や新商品を販売しており、それなりの収益を上げている。アレックスお兄様の立ち上げる新たな商会は、さらに領都をにぎわせて領内を潤すことになるだろう。


 本来なら敵がたくさんできることになるのだが、こちらには王族のダニエラお義姉様がいる。王族にケンカを売るような貴族はいない。ダニエラお義姉様はハイネ辺境伯領の守り神だな。大事にしないといけない。

 アレックスお兄様がこちらを向いた。


「ユリウスとロザリアには雇った職人たちに商品の作り方を教えて欲しい」

「任せて下さい」

「分かりましたわ!」


 ロザリアがうれしそうに両手の拳を前に出した。自分の居場所がある。そのことがうれしいのだろう。一方でカインお兄様とミーカお義姉様が口をとがらせている。それを見たアレックスお兄様が苦笑した。


「カインとミーカ嬢には商会の警備をお願いしたい。巡回時間や警備体制を整えるんだ。何せ、うちの商会は秘密が多いからね。ライオネルにも相談するようにね」

「分かりました」

「分かりましたわ」


 パッと目を輝かせて二人が同時に言った。お父様とお母様が笑っている。これでハイネ辺境伯家全体が動くことになるぞ。しばらくは忙しくなりそうだ。

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