第319話 ちょっと目を離したすきに
工作室にはロザリアがいた。どうやら俺よりも先に勉強が終わったようである。何だかおぼつかない足取りで魔石懐炉を作っていた。どんだけ先生に絞られたんだよ。
「ロザリア、精が出るね」
「お兄様」
「頑張ることは大事だけど、頑張りすぎてはいけないよ。良い製品を生み出すなら、心の健康も必要だからね」
「うーん、それもそうですわね!」
「キュ!」
そう言って俺に飛びついて来た。ミラも一緒だ。これがロザリアたちにとっての心の健康を確保する方法なのかな? それなら俺も、受け入れるしかない。
しばらく二人と抱き合っていると、ロザリアが顔を上げた。
「何か新しい物を作るのですか?」
「うん。今日の勉強の時間に先生が消しゴム付き鉛筆を試しに使ってくれたんだ。そこで色んな改善案を出してくれてね。それに向けた商品を作ろうと思っているんだ」
「私も一緒に見ても良いですか?」
「もちろんだよ」
そう言うと、ロザリアがパッと離れてくれた。ミラは相変わらず俺にしがみついたままである。寂しい思いをさせてしまったのかな? それならしばらくこのままでいよう。
素材箱の中から鉄板を取り出す。まずはこれで作るとしよう。
「どんな物を作るのですか?」
「これを筒状にしてね、鉛筆に取り付けられるようにするんだよ。そうすることで、短くなった鉛筆を長くするんだ」
身振り手振りでロザリアに説明すると、「なるほど」と感心するかのように、それまで静かだったネロが声を上げた。
でもそうなると、鉛筆に付けてある消しゴムが使えなくなるんだよね。そんなわけで、別売りの消しゴムが必要になる。まあまずは鉛筆補助軸からだな。
スキルを駆使して、プレス機で押し出したかのように一体型で形成する。上部に溝と切り込みを入れる。その部分に、鉛筆が飛び出るのを押さえるためのパーツを取り付ける。
「よし完成。さすがは『クラフト』スキル、楽勝だな」
「すごいですわ」
「すごい」
「あっという間です」
「キュ」
思ったよりも簡単にできたので思わず笑顔で振り返るとみんなからそう言われた。何だかちょっと恥ずかしい。照れ隠しではないのだが、さっそくネロに使ってもらうことにする。
「ネロ、確か短くなった鉛筆を持っていたよね? ちょっと貸してもらえるかな」
「はい、こちらに」
スッと差し出された鉛筆を受け取り、試しに入れてみるが、やはり後ろに付けた消しゴムの部分が邪魔になり入らない。
「ネロ、この消しゴムの部分を切り取らせてもらうよ。そしたらあとはこうやって中に入れて、この部分を回して締めれば……うん、しっかりと固定された」
試しに書いてみたが問題ないようだ。ネロにも試し書きしてもらったが、大丈夫そうだ。
「これなら最後まで鉛筆を使うことができそうです」
「やはり消しゴム無しの鉛筆が必要だな。それも合わせて作っておこう。そっちの方が消しゴム付き鉛筆よりも作るのは簡単だからね。そうだ、リーリエにも鉛筆補助軸を作ってあげるよ」
「ありがとうございます!」
さっきからものすごく欲しそうな目をしていたもんね。大好きなお兄ちゃんと同じ物ならきっと喜ぶだろう。
二度目なのでサクッと作ると、ついでとばかりにロザリアの鉛筆補助軸を作っておいた。
「ありがとうございます、お兄様。アレックスお兄様も欲しがるのではないですか?」
「そうだね。それじゃ、ロザリアも一緒に作ろう」
「はい!」
ロザリアに教えながら作る。さすがは『クラフト』スキルを持っているだけあって、ちょっと教えただけで簡単に作りあげた。ロザリアの技術力の進化がすさまじいな。これは俺もうかうかしていられない。
あとは消しゴムなんだが、これはさすがに調合室じゃないと難しいだろう。ロザリアに「他にもやることがあるから」と言って調合室に向かう。
ここからが本当の戦いだ。何せ、未知の物を作らなければならない。大体のイメージはできているが、それが思い通りに行くかどうかはやってみなければ分からない。
消しゴムがゲーム内の「日用品カテゴリー」の中にあれば良かったのだが、鉛筆も含めて「筆記具一式」で統一されていたんだよね。さすがにそれでは何ができあがるのか分からないので作れない。
調合室に到着すると、さっそく天然ゴムに色々な物を混ぜ込んだ。オリーブオイル、ごま油、粘土、砂など。その結果、スライムオイルとけい砂を混ぜると良さそうだった。
原料が決まればあとは比率の問題だ。割合を変化させながら様子を見る。
「できたぞ。消しゴムの完成だ。思ったよりも簡単だったような、手こずったような」
「おめでとうございます。材質から新しい物を作り出すのは大変なんですね」
「そうだね。魔道具作りが簡単とは言わないけど、素材がある程度決まっているので心理的には楽かな?」
さっそく消しゴムをネロに使ってもらった。うん、明らかに前のやつよりかはよく消える。どうやらスライムオイルが良い感じのくっつき具合を提供しているらしい。思ったよりも使えるな、異世界素材。
ロザリアとリーリエに披露しようと思ってルンルン気分で工作室に行くと、そこにはロザリアの姿はなかった。あれれ~? サロンかな?
その足でサロンに向かうと、そこにはロザリアだけでなく、アレックスお兄様とダニエラお義姉様の姿もあった。仕事が一段落したようである。挨拶しておかなきゃね。
「お疲れ様です、アレックスお兄様、ダニエラお義姉様」
「ユリウスもお疲れ様。ロザリアに聞いたんだけど、新しい商品を開発してるんだって? ちょっと目を離したすきにポンポンと商品を作り出すよね」
「アレックスお兄様とダニエラお義姉様の仕事を増やすことになってしまいますが、必要な物だと思いまして」
怒られるかな? そんなことを思っていると、ポンと頭の上に手を置かれた。見上げるとアレックスお兄様がほほえんでいる。
「気にすることはないよ。ユリウスは好きな物を作ってくれて構わない。残念ながら、私にはユリウスのような開発力がないからね。その代わり、商品を世に送り出す手助けくらいはさせて欲しいと思っているよ」
その隣でダニエラお義姉様も笑っている。そんなことを思っていたのか。気がつかなかったな。俺が仕事ばかりを押しつけているかと思っていた。
「しかし、ユリウスが目立ちすぎて、悪い人たちに目を付けられるのは困るかな」
「そうですわね。このままだと、ちょっと名前が大きくなりすぎるような気がしますわ」
ダニエラお義姉様も困り顔だ。俺もそんな気がする。俺の名前を出さないように配慮してもらえると良いんだけど。
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