第318話 鉛筆信者
魔法薬を飲んだお父様の顔がクシャクシャになった。ロザリアと同じ顔をしている。さすがは親子だなぁ。
そんなことを思っていると、あっという間にお父様の顔がシャキッと凜々しくなった。
「ふむ、濃い出しの味がするが飲むことはできるな。ユリウス、まだあるのなら、何かのときのために分けてもらえないか?」
「お父様、反省してませんよね? まったく、本当に食べ過ぎ、飲み過ぎには気をつけて下さいよ。体を壊すのは嫌ですからね」
「もちろんだよ。かわいい息子を悲しませるようなことはしない。約束しよう」
本当かなー? 疑わしいけどお父様に数本渡しておいた。何だかんだ言って俺も甘いな。この感じだと、まだどこかのパーティーで同じことを繰り返しそうだ。それならば、魔法薬を渡しておいた方がお父様の健康のためには良いだろう。
次、お父様に頼まれたら「ゲロマズマンドラゴラの力」にしようかな。そうすれば、さすがのお父様も反省するだろう。
午後からは勉強の時間だ。雪山調査での遅れを取り戻さなければならない。もっとも、俺はすでにほとんどが知識として持っているので、必要なのはこの国の歴史くらいなのだが。せっかくなのでいつもは黒板を使うところを紙と鉛筆にしてみた。俺も鉛筆の使い心地を試しておかないとね。
「ふむ、やはり勉強で鉛筆を使うのは良いな。ただ、鉛筆の後ろに付いている消しゴムでは物足りないので、別で消しゴムを作る必要がありそうだな」
「黒板と違って紙に残すことができますし、部屋に戻ってからでも勉強ができそうですね」
「そうなんだけど、そうなると自由時間が減りそうで嫌だなー」
そんなことをネロと話ながら勉強をしていると、先生が消しゴム付き鉛筆に食いついてきた。クイッと上げた眼鏡がキラリと光ったような気がした。
「ユリウス様、先ほどから使っているそれは鉛筆と言うのですね。初めて見ました。どちらで売られていたものですか?」
「あ、えっと、この消しゴム付き鉛筆は、ハイネ辺境伯家が新たに立ち上げる商会で売りに出す予定です。もちろんまだ内緒なんですけどね」
言うなよ、絶対に言うなよ、と圧をかけるかのように、先生にほほ笑みかけた。クイッと眼鏡を直す先生。残念ながら目の色は見えなかったが、しっかりと伝わっていたようである。
「もちろんだれにも言いませんよ。ところで、私にも鉛筆を使わせていただけませんか?」
「喜んで。使い心地をぜひ聞かせて下さい」
先生に鉛筆を渡す。ついでにこれを使うと簡単に鉛筆を削ることができるんですよと言って、鉛筆削りもアピールしておいた。
真剣な表情で紙に向かう先生。ときどき消しゴムで消してはウンウンとうなずいている。どうやら気に入ったようである。手を離す気配がない。
「あの、気に入ったようでしたら何本か差し上げますよ」
「よろしいのですか!? いや、この鉛筆は実に素晴らしい。強いて言えば、もう少し文字が良く消えてくれると良かったのですが……」
「やはりそうですか。急ごしらえの消しゴムでは性能がイマイチですよね」
ん? と先生が首をひねった。まずい。俺が考案したことが先生にバレるかも知れない。別に内緒にするようにとは言われていないのだが、個人的には内緒にしておきたい。追加で文房具作成の依頼が来たりしたらめんどうだ。
「アレックスお兄様に消しゴムを別で作って、別売りするべきではないかと提案しておきますね」
「ええ、その方が良いでしょう。それならこの鉛筆が短くなって使えなくなっても、別で消しゴムは使えますからね」
先生がうなずいている。ふう、どうやらごまかせたようだ。隣に座っているネロが不満そうな顔をしているが、気がつかない振りをしておこう。ネロも黙っておくように。良いね?
その後もご機嫌になった先生と共に勉強の時間は進んで行った。
「ようやく勉強の時間が終わった。今日はみっちりだったな。休む暇がなかったよ」
「そうですね。鉛筆を持った先生が張り切っていましたもんね」
ネロも苦笑いだ。まさかこんなことになるとは俺も思わなかった。ずいぶんと気に入ったようで、発売が開始されたら絶対に買いに行くと言っていた。そしてこの鉛筆を生徒たちに必ず広げると息巻いていた。
どうやら鉛筆信者を作ってしまったらしい。罪深いな、俺。それにしても、先生の発言で気になることがあった。
「鉛筆が短くなったら使いにくいよね」
「はい。先生の言う通り、使いにくいと思いますね。最後まで使えずに捨てることになりそうです」
申し訳なさそうな顔をするネロ。やっぱりもったいないよね。それなら消しゴムを開発するときに、短くなった鉛筆を長くする、鉛筆補助軸も一緒に開発することにしよう。
こっちは『クラフト』スキルを使えば簡単なはずだ。問題は消しゴムだな。こちらは素材から探さないといけない。
「新しい商品が増えることになるけど、しょうがないよね」
「しょうがないとは思いますがもう思いついたのですか!?」
「うん」
「……」
ネロが口をパクパクさせている。どれも元の世界では普通に売っていた商品だからね。それを模倣するだけなので簡単だ。何だかネロをだましているようで気が引けるが、もうここまで来たからにはあとには引けない。
俺が作らなければ、いずれ他のだれかが作るだけだ。それならハイネ辺境伯家のためになるように、今、動いておくべきだろう。俺以外にも転生者がいたら、ガッカリするだろうな。
サロンへ行くと、そこにはだれもいなかった。みんな仕事中かな? それもそうか。午前中はまともに仕事をしていなかったからね。そのしわ寄せが来ているのだろう。
だが、こちらにとっては好都合。ゆっくりと考えることができるぞ。
消しゴムの原材料は、現代では塩化ビニールだったはず。だがそれはこちらの世界では作ることができない。それならば、今ある天然ゴムに色々な素材を加えて改良するしかないだろう。
何が良いかな? 粉末状の物を加えると良いかも知れない。あとは油も加えてえみよう。鉛筆の粉が引っ付きやすい性質にすれば、もっと消えるようになるはずだ。
休憩が終わったら工作室で色々と試してみることにしよう。こればかりは試行錯誤するしかないな。
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