第316話 マンドラゴラの力

 どうしよう。どんなに食べたり飲んだりしても、翌日スッキリ起きることができる魔法薬のことを話すべきか。二人の視線を避けるようにネロの方を見た。


「ユリウス様、そんな魔法薬があるのですか? そのような物があるなら、次の日の仕事が滞りなく進められそうですね」


 わざとなのか、天然なのかは分からないが、ネロの言葉はアレックスお兄様とダニエラお義姉様の胸に刺さったようだ。面目なさそうにうつむいている。その光景に思わず吹きだしてしまう。


「ユリウス」

「ユリウスちゃん……」

「ああ、えっと、ありますよ、一応。『マンドラゴラの力』って言う魔法薬なんですけどね」

「マンドラゴラの……」

「力……」


 うわ、二人がものすごく嫌そうな顔をしている。さすがは気持ち悪さに定評のあるマンドラゴラ。魔法薬のことをあまり知らないはずの二人でも知っていたか。マンドラゴラは見た目は不気味だが、素材としては超優秀なんだよね。栄養豊富で何にでも使える。


「マンドラゴラから絞り出したエキスを使うんですけど、マンドラゴラ自体がなかなか手に入らない素材なんですよね。マンドラゴラを持って来てもらえば作れますけど……」


 これはもしかして、新鮮なマンドラゴラを大量に手に入れるチャンスなのでは? 期待を込めてアレックスお兄様の目を見つめる。


「それはちょっと……無理かな?」


 引きつるような笑顔でアレックスお兄様がそう言った。どうやらマンドラゴラの絞り汁を飲むのは嫌なようである。あらら、残念。だがこれで一件落着だな。魔法薬はあるが、素材がなくて作れない。これで決まりだ。


「それなら、今後は飲み過ぎ、食べ過ぎに注意して下さいね。そうだ、また同じようなことがあるといけません。品質の悪いマンドラゴラならありますので、念のため作っておきましょうか?」


 ニッコリとアレックスお兄様とダニエラお義姉様にほほ笑みかけた。ウソではない。お婆様が残した素材の中に、いつのものなのか分からない、干からびたマンドラゴラがあるのだ。それを使えば「ゲロマズのマンドラゴラの力」が完成するだろう。

 そんな二人は見た目にも分かるほど顔が青ざめていた。


「大丈夫だ、必要ないよ」

「そうですわ。大丈夫ですわ」


 必死だな。だがこれで少しは抑えてくれるようになるかな? 暴飲暴食は体に良くないからね。二人には長生きしてもらいたいものである。

 お兄様とお義姉様が席に向かったところで都合良く両親がやってきた。こちらは完全に飲み過ぎているのか、二日酔いのようである。顔色がすでに悪い。


「お父様、お母様、おはようございます。昨日はずいぶんと遅くまで飲んでいたようですね」

「おはよう、ユリウス。大人にはな、付き合いというものがあるのだよ」

「おはよう、ユリウス。マックスの言う通りよ。これもお仕事の一つなのよ」


 二人とも反省はしていないようである。非常に残念だ。ここは一つ、提案しておくべきだな。


「そうなのですね。お父様もお母様も二日酔いはツライでしょう。二日酔いせずに、翌日スッキリ起きることができる魔法薬があるのですよ。『マンドラゴラの力』って言う魔法薬なんですけどね」

「マンドラゴラの……」

「力……」


 あ、さっきのアレックスお兄様とダニエラお義姉様と同じことを言っているぞ。さすがは親子。顔色は……最初から悪いので分からないな。もしかしたら期待しているのかも知れない。


「そうです。マンドラゴラの絞り汁を使うのですよ。質の悪いマンドラゴラがありますのでそれで作りましょうか? 出来上がった物の味は保証しませんけど」


 ニッコリと笑いかけると、二人の顔色がさらに悪くなった。どうやらもう一段階、底があったようだ。土気色になりつつある。どうやら効果は抜群のようである。


「だ、大丈夫だ、問題ない」

「そうよ。大丈夫よ~、お母様は元気だから……」


 そう言いつつ、「うっ」とえずくお母様。やめてよね。俺に向かって吐くのはやめていただきたい。慌てて使用人たちがやってきた。これはお母様は昼食を食べるのは無理だな。そして「マンドラゴラの力」は必要だな。しょうがない。一本だけ品質の良いマンドラゴラが残っているので、これで作って差し入れすることにしよう。


 その後はロザリアとカインお兄様たちがやって来て、全員がそろった。俺たちは普通の昼食だったが、お父様たちは消化の良いおかゆを食べていた。こんなときにスポーツドリンクがあれば良かったのだが、しょうがないね。


「お父様、お母様、それにアレックスお兄様とダニエラお義姉様、飲み過ぎは良くありませんわ」

「む、分かっているよ、ロザリア。今回はちょっと調子に乗りすぎたと思っているよ」


 ロザリアの苦言にお父様が非常に申し訳なさそうな顔をしている。さすがお父様。ロザリアにはめっぽう弱い。お兄様たちも苦笑いだ。これで反省してくれたら良いのだが。

 一番年少の子供に言われればさすがに堪えるだろう。


 先に食事を終えた俺はすぐに調合室へと向かった。片手鍋に蒸留水を入れてから火にかけると、そこにマンドラゴラを投入した。マンドラゴラに付いている顔が一瞬ゆがんだが、すぐに安らかな顔になった。


「ユリウス様、『マンドラゴラの力』を作るのですか?」

「そうだよ。お母様が苦しそうにしているからね。ついでにお父様にも飲ませておこう。これ以上、執務が滞るとアレックスお兄様にしわ寄せが行きかねないからね」

「何だかんだ言っても、ユリウス様はお優しいですね」

「そうかな?」


 何だかそう言われると照れるな。家族が苦しんでいるなら、何とかしてあげたくなるのは当然だと思うけどね。もちろんネロもリーリエも、この屋敷で働いているみんなが家族だ。そのためにできることがあるなら何でもやるさ。


 鍋の中に塩と、乾燥させたケアレス草と毒消草を入れる。茶色い液体が完成したら、それを煮詰めて濃縮する。じっくりと、丁寧に。ここで一気に濃縮すると味が一気に悪くなる。

 飲みやすいように甘くしようかな? いや、飲みやすくし過ぎて当てにされるのは良くないな。ここはこのままの味にしよう。出汁のような味がするはずだ。


「よし完成。十本分くらいはできたかな?」

「飲む量は少しで良いのですね」

「そうだね。まあ、味があれなんで、一気飲み推奨だけどね」


 味を想像したのか、ネロの笑顔が引きつった。だが二日酔いで苦しむよりかはマシなはずである。さあ、お母様のところに持って行こう。

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