第317話 膨らむお母様
お母様はサロンにいた。二日酔いで苦しいのなら、無理せずに自室で休んでおけばいいのに。みんなに心配をかけないようにと思っているのかな? それならお酒を飲むのを……まあこれはすでに過ぎたことか。これ以上、追求するのはやめにしよう。
「お母様、二日酔いに効く魔法薬を持って来ましたよ」
「まさか……」
「そのまさかです。マンドラゴラの力です」
ドン、とテーブルの上に「マンドラゴラの力」の力を置く。顔色が悪い。まあ、元から悪いか。
お母様は「まさか」とは言ったものの、興味はあるようだ。どうやらかなり二日酔いが効いているらしい。手を出そうか、引っ込めようか、お母様の手がDJのように前後に動いている。
「調合室にある素材を調べたら、一本だけ品質の良いマンドラゴラがありました。これはそのマンドラゴラを使っていますから、そこまで味は悪くないはずですよ」
「どんな味なのかしら?」
「恐らくですが、濃い出しのような味がすると思います」
「濃い出し」
迷ってるな、お母様。目の前の小瓶を飲み干せば楽になる。だが栗皮色の液体はとてもまずそうだ! 黙って見ていると、意を決するかのように口を真一文字に結んで、小瓶を手に取った。
「ユリウスがせっかく私のために作ってくれた魔法薬ですもの。飲まないわけにはいかないわよね?」
そう言って自分を納得させるお母様。そんなに嫌なら飲まなければ良いのに。フタを開けて臭いをかぐ。お母様の顔が少しゆがんだ。だが、我慢できないほどではないようだ。
さすがこれまでゲロマズ魔法薬に慣れ親しんでいただけはある。この程度は問題ないのだろう。
お母様がグイッと一気に飲み干した。覚悟を決めると思い切りの良い母である。
「意外といけるわね。これなら無理なく飲めそうだわ。あら……?」
お母様はすぐに自分の体調の変化に気がついたようである。それもそのはず。お母様の顔色が見る見るうちに良くなっているのが、俺の目からでも分かるのだから。お母様がニッコリと笑った。
「さすがはユリウスが作った魔法薬ね。元気になったわ~」
「それは良かった。あまり心配をかけないで下さいよ。お母様の機嫌が悪いと、みんなが気を遣いますからね」
「どう言う意味よ、それ」
ほほを膨らませたお母様が俺のほほを軽くつねってきた。お母様流の照れ隠しである。その表情になるとずいぶんと幼くなる。本当に四児の母親なのかと疑いたくなるほどだ。
お母様とじゃれ合っているとロザリアとミラがやって来た。元気になったお母様を見てすぐに飛びついた。どうやらロザリアとミラもお母様が心配でここへやって来たようだ。
「お母様、元気になったのですね!」
「キュ!」
「ええ、そうよ~。ユリウスが魔法薬を持って来てくれたのよ~」
「え!?」
鬼を見るような目でロザリアがこちらを見た。失礼な。俺は鬼じゃなくて、お兄様だぞ? もしかして俺が「ゲロマズマンドラゴラの力」をお母様に飲ませたとでも思っているのかな。まことに心外である。
「お兄様、マンドラゴラの力を作ったのですか?」
「うん。お母様の体調が悪そうだなと思ってさ」
「それをお母様が飲んだ……」
ロザリアがお母様の顔色をうかがっている。お母様の膝の上にいるミラも、ロザリアの隣にいるリーリエも、恐る恐るお母様の顔色をうかがっていた。
「大丈夫だよ。ちゃんと質の良いマンドラゴラで作ったからさ。ほら、これがそうだよ」
ロザリアに小瓶を渡すと、慎重に臭いをかいだ。かわいい顔がクシャクシャになった。どうやらお気に召さなかったようである。すぐにフタをすると俺に突き返してきた。
「いらないです」
「良かった。これならロザリアがお酒を飲み過ぎることはなさそうだね」
ロザリアの隣でリーリエもうなずいている。どうやら臭いのおすそ分けがあったようだ。これで二人が二日酔いになることはないかな。
お母様たちに挨拶をすると執務室へと向かった。この時間帯ならお父様はこの部屋にいるはずだ。執務室のチャイムを鳴らすと、すぐに返事が返ってきた。
「失礼します。お父様に良いものを持って来ましたよ」
「ユリウスか。良いもの? 一体何かね?」
首をかしげるお父様の近くにはライオネルの姿もあった。こちらは二日酔いにはなっていないようだ。どうやらライオネルはかなりの酒豪のようである。テーブルの上に栗皮色の液体が入った小瓶を置く。もちろん「マンドラゴラの力」である。
「朝食のときにお話ししていた『マンドラゴラの力』です。お母様には先に飲んでもらいました。二日酔いで苦しそうでしたからね」
「えっと、アメリアは大丈夫なのかね?」
「はい。すっかり良くなりましたよ」
ほほ笑みかけるとお父様の顔が引きつった。ライオネルは首をかしげている。
「ユリウス様、その『マンドラゴラの力』とは一体?」
「これは胃もたれと二日酔いを治す魔法薬だよ。マンドラゴラを原料にしているから、たくさんは作れないけどね」
「おお、そのような魔法薬があったとは。これでお館様の執務がはかどりますな」
ライオネルがほほ笑みかけるとお父様の顔がさらに引きつった。これでもう後がない。お父様はマンドラゴラの力を飲まざるを得ないだろう。ゴクリとお父様が唾を飲み込んだのが分かった。すごく嫌そうである。これにこりたら、飲み過ぎに注意してもらいたい。
「大丈夫ですよ、お父様。この『マンドラゴラの力』には一本だけ残っていた、品質の良いマンドラゴラを使っておりますので。濃い出しの味がしますが、まだ飲めるはずです。お母様もこれなら飲めると言っていました」
「そ、そうか。それならば……」
どうやらようやく決心がついたようである。ゆっくりと小瓶に手を伸ばした。
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