第315話 全員正座

 ジャイルとクリストファーに雪山調査であった出来事を話し終えると訓練場を後にした。カインお兄様とミーカお義姉様が一緒に訓練をしようと誘ってきたがお断りさせてもらった。


 今は止める人がいない。見ている人は少ないが、それでも俺がカインお兄様に剣術の勝負で勝つのはまずいだろう。カインお兄様は口をとがらせていたが見なかったことにした。

 ネロは何も言わなかった。もしかして、俺がカインお兄様に勝つことを確信してない? 困ったな~。


「ユリウス様、これからどうなさるおつもりですか?」

「このまま温室に行って、初級体力回復薬の素材の栽培状況を確認したい。必要なら増やさないといけないからね」


 ネロの笑顔が渋みを帯びた。ネロも先ほど初級体力回復薬を欲しそうにしていたもんね。申し訳なく思っているのだろう。別に使ってもらって良いんだよ。在庫が空になるまで消費されなければ。

 温室にたどり着いた。冬でもそこは暖かで、青々とした草花が咲き誇っていた。


「温室は問題なく機能しているみたいだね。念のため、魔道具の確認をしておくか」

「冬でもこの暖かさ。すごいですね」

「まあね。王城にある温室よりも性能は上だと思っているよ」


 温室のメンテナンスは俺だけじゃなく、ロザリアもやっている。ロザリアは魔法薬には興味がなさそうだが、花は好きなようだ。そのため、年中お花が咲いている温室には、散歩がてらによく来ているみたいである。


「魔道具に問題はなさそうだな。特にやることはなし。栽培状況だが……もう少し増やしておいた方が良いかも知れないな」


 ここは久しぶりに俺の『栽培』スキルと『移植』スキルの出番だな。植物栄養剤もあるし、すぐに成長して収穫できるようになるはずだ。ササッと空いているスペースに新たに植えてから魔法で水をやり、植物栄養剤を投与する。これで良し。大きく育てよ。


「そろそろこの温室も手狭になってきたな」

「ユリウス様は畑仕事もできるんですね」

「もちろんだよ。良い素材が欲しかったら、自分で栽培するのが手っ取り早いからね」


 イイ笑顔をネロに向けると、なぜかネロは引きつった笑顔を浮かべた。やっぱり貴族が土にまみれて畑仕事をしているのは変に見えるのかな? でも土との対話は大事だと思うんだけど。


 温室のさらなる拡張も考えつつ屋敷に戻った。温室に行ったついでに必要な素材を採取してきたので、これを使って追加の初級体力回復薬を作っておこう。午前中は屋敷全体が機能を停止しているだろうからね。


 ネロにも手伝ってもらいつつ、調合室で大量の初級体力回復薬を作製した。もちろん途中でネロと一緒に完成品を試飲した。品質チェックは大事だからね。うん、スッキリ爽快!

 完成した魔法薬の一部を調理場へ持って行く。もちろんみんなに使ってもらうためだ。


「料理長、追加の魔法薬を持って来たよ。あ、でも、持って来たのは良いけど、置くところがないよね」

「ありがとうございます、ユリウス様。心配はご無用ですよ。何と言っても、ハイネ辺境伯家の食料庫は広いですからね。このくらいの量なら問題なく置けますよ」


 料理長と話していると料理人たちもやってきた。そして料理長と一緒に喜んでくれた。聞いたところによると、お昼は家族みんなそろって食べることができそうだ。これは全員正座させて叱るチャンスだな。


 先に食堂に行って待っていると、まずはアレックスお兄様とダニエラお義姉様がやってきた。そして俺の顔を見て、気まずそうに目をそらせた。


「おはようございます。アレックスお兄様、ダニエラお義姉様」

「お、おはようユリウス」

「おはよう、ユリウスちゃん」

「昨日はお楽しみだったみたいですね」


 ニッコリとほほ笑みかけると、二人は引きつった笑顔を浮かべた。いつもは止める立場の人間なのに、珍しいこともあるものだ。もしかして、かなりストレスがたまっていたのかな? それなら二人が羽目を外したのは俺の責任なのかも知れない。


「もしかして、商会を作るための手続きで心労をかけてしまっていますか? もしそうなら、それは私の責任ですよね。ごめんなさい」

「ユリウス、そんなことはないよ。ユリウスにはいつも別の心労をかけられているからね」


 ハッキリ言うなぁ、アレックスお兄様。まあ、否定はしないけど。きっとこれからも心労をかけるんだろうなー。胃薬を差し入れしておかないと。


「ちょっとアレク、それだと何の慰めにもなっておりませんわ。ようやく商会を設立する見通しがついたのよ。人員も集まって来た。それを昨日お義父様に報告したので、気が少し緩んでしまったみたいですわ」


 ちょっと恥ずかしそうにダニエラお義姉様がそう言った。俺たちが退出したあとでそんな話があったのか。俺たちがいないところで報告したところをみると、まだ公にはしたくないのかな?


 まあ領主が商会を作ろうとしていることを商人たちが知ったら、色々と売り込んで来るだろうからね。そうなると仕事やあつれきが増えて商会の設立が遅れるかも知れない。それを避けたかったのだろう。早く売りに出したい商品が目白押しだからね。スポーツドリンクを保留にしておいて良かった。


「そうだったのですね。おめでとうございます。私もうれしいです」

「ありがとう、ユリウスちゃん」

「で・す・が。それはそれ、これはこれ。お酒の飲み過ぎと食べ過ぎはよくありませんねー」


 笑顔を向けると、慌てて二人が目をそらせた。ダメだと言う自覚はあるらしい。これがたまたま今回だけなら良いのだが、商会の設立記念や、何かの催し物ごとにこうなっていたらさすがに困るぞ。


「次からは気をつけるわ、ユリウスちゃん」

「私も気をつけるよ。どんなに飲んだり食べたりしても、翌日スッキリ起きることができる魔法薬があれば良いのにね」

「……」

「あるんだな」

「あるのね、ユリウスちゃん」


 あるか、ないか、で言えばあるんだが、この魔法薬を作っても良いものか。ちょっと迷うな。

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