第314話 ユリウス様伝記
カインお兄様の「騎士団にはたくさん初級体力回復薬が備蓄してあるだろう」発言に、ミーカお義姉様の目が輝いた。そして目が輝いたのはお義姉様だけではなかった。ロザリアも目を輝かせてこちらを見ていた。
「意味もなく魔法薬を使うのは許可できません。これでも私は国王陛下から直々に任命された魔法薬師ですからね。ですが、本当に体が疲れたのであれば、もちろん使うことを許可します」
コクコクと首を縦に振る五人。……いつの間にかカインお兄様とネロとリーリエが増えてる。あ、料理長も首を縦に振っているな。これは午前中に追加の初級体力回復薬を作っておくべきだな。大量に素材を採取しておいて良かった。温室でも栽培しているので、大量消費されなければ何とかなるだろう。
「はあ。ちょっとした清涼飲料水のつもりだったんだけどなー」
朝食を食べ終わり、そのまま工作室へ向かっている途中で思わずため息が漏れた。あっと思って振り向いたが、どうやらロザリアたちには聞こえていなかったようだ。
「清涼飲料水?」
「ああ、こっちの話だよ。気にしないで」
首をかしげたネロに慌ててそう言った。この世界には清涼飲料水なんてものはないからね。ただし、俺の作った初級体力回復薬をのぞく。これならもっと手軽に飲むことができるスポーツドリンクとかがあっても良いかも知れない。確か、砂糖と塩で作れるはずだ。ハチミツも入れればバッチリだ。
「ユリウス様、また何か新しいものでも思いつきましたか?」
「どうして分かったんだ」
「いえ、何となく……」
「キュ……」
あ、ネロもだけど、ミラもあきれたようにこちらを見ている。そんなに顔に出てた? でもこれなら魔法薬じゃないし、だれでも作れるぞ!
……ちょっと待った。これは待った方が良い。これ以上、アレックスお兄様とダニエラお義姉様の負担を増やすと、さすがににらまれそうだ。下手すれば、俺も手伝わされるかも知れない。
「うん、後回しだな」
「そうですか」
「だからその手に持った手帳をしまっちゃおうね」
ネロがちょっと残念そうにポケットに手帳をしまった。どうやら俺の活躍を記録することを趣味にしているようだ。別にそれは良いのだが、公表するのはやめてよね? そのうち「ユリウス様伝記」とか出すつもりなのかも知れない。うん、ありえそうだ。やめさせないと。
工作室に到着するとすぐにプレゼントの包装を開始した。木でできた箱にガラスペンと魔石懐炉を別々に入れる。この二つを一緒に入れてガラスペンが割れると非常に困る。縁起でもない。
特にガラスペンの取り扱いには注意した。ネックレスを置く用の台座を利用して丁寧に箱に入れると、その上からキレイな紙で包み込む。もちろんリボンも忘れない。
「すごくキレイですわ!」
「キュ!」
「ありがとう、ロザリア」
ロザリアもミラも気に入ったようである。今回、万年筆も一緒にプレゼントしようかと思ったが、次の機会に持ち越すことにした。今度の訪問でどんな万年筆が欲しいかを聞いて、それを参考にしてファビエンヌ嬢専用のものを作ろうと思う。
同じ要領で魔石懐炉も包んだ。こちらはこれからの季節でとても役にたつだろう。日中だけではなく、夜も布団を温めてくれるはずだ。ファビエンヌ嬢には俺のように「湯たんぽ代わりのミラ」がいないだろうからね。
「キュ?」
「何でもないよ~、ミラ」
首をかしげているミラを連れて、次は訓練場へと向かった。ロザリアは工作室でもうひと頑張りするようだ。訓練場に行ってもすることがないからね。有効な時間の使い方だと思う。
訓練場にはやはりと言うか、当然だよねと言うか、そんな光景が広がっていた。
「カインお兄様、ミーカお義姉様」
「ユリウスも来たのか。見ての通りだよ」
カインお兄様が苦笑している。ミーカお義姉様は笑って良いのか分からず、口元を微妙にゆがめていた。遠慮なく笑えば良いと思うよ。
「ユリウス様!」
「ジャイル、クリストファー。二人は無事みたいだね」
「ええ、そうですね。どうやら昨日の祝賀会は相当盛り上がったようで……」
訓練場にいたのは未成年の子供たちがほとんどだった。数人いる騎士も何だが申し訳なさそうな顔をしていた。きっと止められなかったんだろうな。
と言うか、この状態、非常に良くないよね? たたき起こせば何とか使えるのかも知れないが、さすがにこれはない。
王家からお姫様をもらうことになるのに、北の要の辺境伯がこれじゃあねぇ。いくら雪が深くて、この時期に攻めてくるようなことはないとは言っても、限度があるぞ。
「カインお兄様が騎士団を掌握した暁には何とかして下さいね」
「……」
「カインお兄様?」
「わ、分かってるよ。何とかする。何とかするから」
本当かなぁ? 何だか不安になってきたぞ。本当は自分もそっち側に行きたいんじゃないのかな。ここはミーカお義姉様に期待するしかないな。
「ミーカお義姉様は大丈夫ですよね?」
「え?」
ヤバイ。不安になってきた。これはお父様が元気なうちに、しっかりと決まり事を作ってもらわないといけないな。せめて祝賀会は数日に分けて行い、参加人数を制限するとかにしてもらわないと。
騎士団の現状を確認したあとはジャイルとクリストファーに調査のことを話した。スノウワームと戦った場面の話に差し掛かると、身を乗り出して聞いていた。やっぱり一人の騎士として、戦いたかったんだろうな。
当然のことながら、俺とネロは遠くから見ていただけだということもしっかりと話しておいた。二人に勘違いされると困る。俺の年齢で魔物と戦うことはないことをハッキリとさせておかないとね。まあすでにスノウウルフとかで戦っているので、説得力がないかも知れないが。
だが、言わせてもらえば、スノウウルフとスノウワームではその危険度に大きな差がある。スノウウルフは一人でも太刀打ちできるが、スノウワームは複数人で相手をしないといけないのだ。
俺がスノウウルフを倒したからと言って、スノウワームも同じくくりにされると困る。まあスノウワームごとき普通に一人で倒せるけど、それは言わないお約束。
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