第311話 料理人たちへの差し入れ

 今の時間帯の調理場は急ピッチで夕食の準備が進められていることだろう。そこにお邪魔するのは気が引けるが、初級体力回復薬を渡すなら今しかない。夕食後だと、渡す時間がない可能性がある。なぜならすぐにお父様から呼び出しが来そうだから。


「私一人でも持てますのに……」

「いいから、いいから」


 ネロと二人で手分けして初級体力回復薬が入った箱を持つ。どうやら事情を聞いた騎士たちが少し多めに分けてくれたようだ。同じハイネ辺境伯家に仕える者、仲間意識が強いのだろう。良いことだ。


「これはユリウス様。どうかなさいましたか?」


 俺たちが到着するとすぐに料理長を調理場の外に呼び出した。その方が他の料理人たちの集中力を切らさなくて済むし、邪魔にならないだろうと思ったからだ。


「忙しいときに呼び出して済まない。これ、みんなへの差し入れ。初級体力回復薬の魔法薬だよ。一息ついたら飲んで欲しい」

「呼び出して済まないなど、とんでもありません。ユリウス様がお呼びとあらば、即参上いたしますよ。初級体力回復薬のウワサは騎士団の方から聞いております。これがそのウワサの魔法薬なのですね」


 赤い液体が入ったビンを手に取り、しげしげと見つめる料理長。どうやらハイネ辺境伯家ではウワサになっているようだ。もしかすると、騎士たちもいつも食事でお世話になっている料理人に何かしてあげたかったのかも知れない。


「騎士たちが少し多めに分けてくれたみたいなんだ。だから、遠慮なく使ってよ」

「お気遣い、ありがとうございます。あとで騎士団の皆さんにもお礼を言っておきますよ」


 朗らかな笑顔を浮かべる料理長。料理人たちの間では「鬼の料理長」と呼ばれているのだが、俺の前ではその面影はないな。そうだ、忘れるところだった。


「料理長、ドライフルーツをありがとう。精霊様にも気に入ってもらえたみたいで、すぐに光になって持って行かれたよ。今頃、その味を堪能しているんじゃないかな?」

「それはそれは。私たちも作ったかいがありましたよ。あれは本当に良いものですからね。奥様も大変気に入っておられるみたいですから」


 どうやらお母様はドライフルーツのとりこになっているようだ。きっと他の貴族の奥様方にも自慢しているんだろうな。生産体制が整って売りに出されるようになったら、貴族たちに飛ぶように売れるのかも知れない。それなら少々値段が高くても良さそうだ。もうかるぞ。


「おっと、これ以上、邪魔するのは良くないね。夕食を楽しみにしているよ」

「はい、お任せ下さい」


 力強く料理長がそう言った。これは新しい料理が出て来るかも知れないな。ますます楽しみになってきたぞ。

 料理長に初級体力回復薬を渡し、再び工作室に戻ってきた。今度は改良型魔石懐炉を作らなくては。


「ん? ロザリア、何を作っているのかな?」

「魔石懐炉ですわ。お父様から頼まれましたの」

「なるほど」


 どうやら魔石懐炉のことは家中に広がりつつあるようだ。そのうち俺にも注文依頼が来るのかな? いや、その前にロザリアに注文が行くことになるのか。ロザリアも張り切っているみたいだし、これはなかなか良い流れだぞ。


「ロザリア、俺にも作り方を教えてよ」

「もちろんですわ。えっと、これが設計図で……」


 ロザリアに作り方を教えてもらう。俺に頼られることがうれしいのか、満面に笑みを浮かべて上機嫌である。俺が作った魔石懐炉の上部にスイッチが取り付けられており、これでオンオフを切り替えられるようになっていた。

 それだけではない。なんと、温度も二段階で調節できるようになっていたのだ。


「良いねぇ、ロザリア。この温度を切り替えられる機能はとっても良いよ」

「えへへ」


 ここぞとばかりに頭をなでてほめてあげる。途中で頭を差し出してきたミラも一緒になでてあげる。これなら俺が手を加える必要はないな。この「魔石懐炉ロザリアモデル」を売りに出すようにアレックスお兄様と交渉しよう。


 ファビエンヌ嬢への魔石懐炉が完成した。基本の形はロザリアモデルと同じだが、金属の表面に模様を彫ってあるのが特徴だ。まあ、布で周りを覆うことになるので、模様は見えなくなるんだけどね。気分の問題だ。こっちの方が豪華に見える。

 つる草と小鳥をあしらった模様である。それほど大きな模様じゃないので、邪魔にはならないだろう。


「かわいいですわね、その模様……私も入れようかしら」

「お父様に渡す魔石懐炉に入れるのはやめた方が良いんじゃないかな?」

「それもそうですわね」


 渋々、といった感じではあったが納得してくれたようである。お父様の魔石懐炉にかわいい絵柄が描いてあったら、それを見た周りが反応に困ると思う。お父様はそんなこと気にせずに自慢すると思うけど。何とか阻止できて良かった。


 ふむ、絵柄を入れることでオリジナリティーを出すのは良いかも知れないな。ブランド力を高めることができるかも知れない。これもアレックスお兄様と相談だな。


 そうこうしていると、夕食の準備ができたとの知らせがやってきた。作業を中断させてから食堂へと向かう。ファビエンヌ嬢へのプレゼントは完成した。あとは箱にキレイに包むだけである。


「夕食が終わったら、お父様からの呼び出しか。ちょっと気が重いな」

「悪いことはやっておりませんので、怒られることはないと思いますが」

「そうなんだけど、魔法を使ったことでどう言われるかが心配だ。俺もまさかあそこまで広い範囲で雪が溶けるとは思わなかったんだよね」

「言われるならその辺りでしょうか? ユリウス様が使う魔法の効果は高すぎますからね」


 ネロが苦笑している。ネロから見ても、とんでもない魔法を使っているように見えているのだろう。これが身内だけだから良いけど、外部の人が混じったら……口止めも効果は低いだろうし、大変な騒ぎになるかも知れない。気をつけないと。

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