第310話 賢者ではない

 サロンでまったりとお茶を飲んでいると、報告が終わったのかカインお兄様がやって来た。その隣にはミーカお義姉様の姿もある。きっとこれから詳しい話を聞くんだろうな。次は自分も行くって言い出しそうな感じである。


「ユリウス、あとでお父様が話があるって言ってたよ」

「なんでですか!?」

「まあ、色々とあったからねー。本人から直接話を聞きたいってさ」

「そうですか」


 どうやらダメだったようだ。カインお兄様とライオネルの報告を聞いて、それで終わりになると思ったんだけどな。残念。やっぱりオーバーヒートがまずかったかな? それとも、仮拠点を作ったこと? うーん、どっちもありそうだ。


「カイン様、スノウワームを討伐したって聞きましたわ! 実物はどのような感じでしたか?」

「えっと、大きなミミズみたいで……」


 カインお兄様の説明を聞いていたロザリアとリーリエが気持ち悪そうな顔をしている。ドライフルーツを食べる手も止まっていた。そりゃそうだよね。ミミズの体液がビシャーみたいな話をされたら、食欲がなくなるよね。


「ユリウスちゃんはそんな魔法も使えたのですね。攻撃魔法も防御魔法も使える、万能魔導師なのね。それってまるで賢者みたいだわ」


 なぜかうれしそうな顔をしたミーカお義姉様がそう言った。その隣でカインお兄様もうなずいている。あんまりロザリアがいるところでこの話題をしたくないんですけど。


「ユリウスお兄様は賢者様だったのですか?」


 ほら来た。ロザリアが目を輝かせてこちらを見ている。疑いのない澄んだ瞳である。でもここで「イエス」と言うわけにはいかない。実際に俺は賢者じゃないからね。ゲーム内でも違ったし。


「違うよ。ちょっとだけ色んな魔法が使えるだけだよ」

「さすがにそれは無理があるんじゃないかなー?」

「カインお兄様」

「ご、ごめん」


 俺は『ライオネルのすごみ』スキルを発動した。声を低くして笑顔でそう言うと、カインお兄様が引きつった笑顔を浮かべた。だがロザリアには効かなかったようだ。先ほどと変わらず、キラキラした目でこちらを見ている。


 ロザリアだけではない。ミーカお義姉様もリーリエも、何だったらネロも同じような目でこちらを見ていた。その目から逃れるべく、唯一の癒やしであるミラにドライフルーツを食べさせながらモフモフしておいた。あー、生き返るわー。


 休憩を終えると再び工作室に戻る。その途中でネロに初級体力回復薬を持って来てもらうように頼んでおいた。今日の夕食はちょっとした晩餐会になるようなので、そのあとで料理人たちに初級体力回復薬を差し入れしようと思う。


「お兄様、何を作るのですか?」

「ファビエンヌ嬢にプレゼントするためのガラスペンだよ。あとはロザリアが改良してくれた魔石懐炉も作るつもりだよ」

「隣で見ていてもいいですか?」

「構わないよ」


 俺がガラスペンを作るところを見てもあまり面白いとは思えないのだが、まあ、いいか。予定通り、明るい夜空のような色をした色ガラスを溶かしてガラスペンを作る。もちろん金色の星も忘れない。明け方の夜のような色合いのガラスペンができたぞ。なかなか良い感じではないか。完全に自画自賛である。


「できた。完璧な仕上がりだ」

「お兄様……」


 何だかロザリアがモジモジしている。察しの良い兄はすぐに何が言いたいのかが分かるぞ。大事な妹だもんね。


「ロザリアにも同じようなガラスペンを作ってあげるよ。まったく同じものは無理だけどね」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 ロザリアが抱きついて来た。そんな俺たちをリーリエがジッと見つめていた。もしかしてリーリエも欲しいのかな? 材料は何とかなりそうだし、一緒に作ってあげよう。いつもロザリアがお世話になっているからね。


「リーリエにも作ってあげるよ」

「よろしいのですか!?」

「もちろんだよ」


 二人に見つめられながらガラスペンを追加で作る。似たようなガラスペンが合計で三本できた。ビロードを敷いた箱の上に並べると、まるで星空を閉じ込めたかのように輝いていた。三本とも会心のできである。


「お義姉様にプレゼントするならこれがいいと思いますわ」

「私もロザリア様に賛成ですわ」

「お、おう」


 すでにロザリアはファビエンヌ嬢のことをお義姉様と認識しているようである。そして俺には良く分からなかったのだが、三本の内、二人が示したガラスペンのできが一番良いようだ。どうやら星の散らばり方と色ガラスの色の変化がとても良いらしい。


 俺は物作りはできるが、芸術的なセンスはないな。ファビエンヌ嬢と一緒にプレゼントを選んでいたときに、何となくそんな気はしてたけど。


「それじゃ、二人が選んでくれたそれにしよう。あとはどっちをどっちが取るかだけど……」

「心配はいりませんわ。残りの二つはどちらも同じくらい素晴らしいものですわ」


 リーリエもコクコクとうなずいている。どうやら不満はないようである。こんなとき、身分の差があると困るな。同じ身分ならくじ引きで決めれば良いけど、そうでなければ、身分の上の人に良い物を渡さなくてはならない。そしてセンスのない俺はそれを判断できない。


 無事に二人にガラスペンが渡ったところで、ネロが両手に初級体力回復薬を抱えて戻ってきた。荷物持ちに騎士を一人連れて来るように言えば良かったな。この辺りはまだまだ配慮が足りないな。人を使うことにもそろそろ慣れないといけないぞ。


「重かっただろう? 次からは気をつけるよ」

「そのようなことはありません。この程度の荷物なら問題ありませんよ」


 笑顔でネロがそう言った。ウソではなさそうだ。それもそうか。ネロには強化魔法を教えている。同じ年代の子供よりも、はるかに重い物を持つことができるだろう。それならこれで良かったのかな?

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