第307話 スノウワーム討伐戦
足跡が消えている場所は事前の話にあったように、真っ白な雪が一面に積もっていた。そこにはまばらに木が生えているだけで、生き物の気配はなかった。
「確かにあの辺りの足跡がなくなっているな」
カインお兄様が指差す方向には確かに途中で足跡が途切れている箇所があった。スノウワームが通ったことで雪がかき回されて足跡が消えたのだろう。
「だが、どこにもスノウワームの姿は見えないね」
「あそこですよ、お兄様。あそこの雪が、周りよりも少しこんもりとしているでしょう?」
「そうか? 俺にはサッパリ分からないよ」
まあ俺には『魔力感知』スキルがあるからハッキリと分かるんだけどね。どうやらスノウワームは俺たちがもっと近くまで来るのを待っているようだ。
スノウワームが動けば、当然、その周囲の雪が動く。そうなれば、どこにいるのかがすぐに分かるようになる。そのことはスノウワームも分かっているようだ。
隣でライオネルが『魔力感知』スキルを持つ魔導師に確認をとっている。『探索』スキルを持っている騎士たちも加わり、慎重にその場所が特定された。
「あの一帯を中心に火属性魔法を使い、雪を溶かす。魔導師たちはそのまま待機だ。地表にスノウワームが姿を現したら、騎士たちが攻撃を開始する。動きは鈍くなっているかも知れないが、油断はするなよ」
「分かりました」
騎士たちが返事をする。その中にカインお兄様の声もあった。思わずギョッとしてその顔を見た。
「カインお兄様も行くのですか!?」
「何を言っているんだ。もちろんだろう?」
「カイン様……止めても無駄なようですな」
「もちろん。俺だってユリウスに良いところを見せたいからな」
カインお兄様の良いところはたくさん知っている。だからむちゃをして欲しくはないのだが……このままカインお兄様が何もせずに帰るというのは、ちょっと問題があるかも知れない。
やはり何かしらの手柄は必要だろう。騎士たちと共に戦ったという実績は、将来、カインお兄様が騎士団を率いるようになったときに、騎士との強い信頼関係に結びつくだろう。
……ここは俺の出番だな。カインお兄様がケガをしないように、防御魔法をひそかに使っておこう。俺はマジックアーマーを使った。この魔法は魔力で防御力を高めるため、周りからは見えないのだ。
そう思っていたときが、一瞬、俺にもありました。魔法を使った瞬間、『魔力感知』スキルを持っている魔導師がビクッと反応した。ヤベ。この人、見えるんだった。慌ててみんなから少し離れたところへと引っ張り出す。
「キミは何も見なかった。良いね?」
「も、もちろんです。私は何も見ていません。あの、マジックアーマーですよね?」
「そうだよ。あー、もう見られてしまったし、みんなに使っておくか」
マジックアーマーをその場にいる全員に使う。魔導師が小さく声をあげたが、賢明にもすぐに両手で自分の口を覆った。
「ユリウス様、何かありましたかな?」
笑顔のライオネルがこちらにやって来た。目が、目が笑ってないぞ。またお前なんかやっただろう? みたいな目でこちらを見ている。これは問題が大きくなる前に、ライオネルをこちらの陣営に引き込んでおくべきだろう。
「ライオネル、ちょっと耳を貸してくれ」
そしてみんなにマジックアーマーを使ったことを話した。ライオネルは驚いていたものの、ため息一つで許されたようだ。
「コソコソせずに堂々と使えば良いではないですか」
「いや、あまり目立ちすぎるのも良くないかなーって」
「その判断、遅すぎるのではないですか?」
あ、もしかしてちょっと怒ってる? アハハ。俺も最近、判断が遅いんじゃないかなーって思っているところだよ。ライオネルはそれ以上何も言わずに戻って行った。俺たちも戻ろう。
みんなの元に戻るといよいよ作戦開始となった。スノウワーム討伐戦の開始である。魔導師たちが火属性魔法を使いやすいようにするために、スノウワームをグルリと囲むことはできない。そのため、スノウワームが逃げるのを阻止しながら戦わなければならない。
それならなるべく広範囲の雪を溶かした方が良さそうだ。
「作戦開始だ」
ライオネルの響くような声に従って、魔導師たちが魔法の詠唱を始めた。俺もそれに合わせて魔法を使うことにする。詠唱を完了した魔導師たちはタイミングを合わせて一斉に魔法を放った。そこに俺の魔法も混ぜておく。
「オーバーヒート!」
火属性魔法の着弾と共に周囲の雪が溶ける。そしてその周りを囲むように……いや、見渡す限りの雪があっという間に溶けた。これならスノウワームもそう簡単には雪の中に逃げられまい。
……ちょっと張り切りすぎたかな? てへぺろ。あ、ライオネルが眉間に深いシワを刻んでこちらを見ている。あの目は完全に俺がやったと思っている目だ。
「スノウワームが出て来たぞ。総員、戦闘開始! 突撃!」
ライオネルの号令に、オオ! と騎士たちが走り出した。地面の上では、何が起こったのか分からないような顔をしていると思われるスノウワームが、その動きを止めていた。
胴体の直径は二メートルくらいありそうだ。体長は三十メートルくらい? ハッキリ言って、かなりキモイ。よくあれに立ち向かっていけるな。ボクにはとてもできない。
斬った場所から不気味な液体があふれ出す。オエ。だがその液体はマジックアーマーによってはじかれているようだった。
あ、何人かの騎士が首をかしげているぞ。戦闘に集中しろ、集中。それに気がついたライオネルが怒号をあげている。あれはあとで怒られるな。南無三。
カインお兄様は……うん。実にイイ笑顔でスノウワームを斬っているな。体が汚れないことに気がついたのか、遠慮がなくなっているようだ。これはこれで心配だな。
そうこうしている間にスノウワームは討伐された。思えばあっという間の出来事である。雪の中に潜っていなければここまで弱体化するのか。そりゃ、冬まで土の中で大人しくする訳だ。
騎士たちが魔石を回収すると、地面がむき出しになっている場所を中心に雪が降り始めた。
「ありがとうございます、雪の精霊様」
「なんのなんの。ワシの力など、本当は必要ないのではないかね?」
「……」
確かに雪を降らせる魔法はあるけど……それをやったら「ユリウスは天候も操れる」って大騒ぎになるよね? それを知ってか、知らずか、雪の精霊がハッハッハと笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。