第308話 怒られる兄弟
目の前で雪がどんどんと降り積もってゆく。調査隊はその様子を見ながら互いに肩をたたき合い、健闘をたたえ合っている。先ほど一瞬、足を止めた騎士たちはライオネルに怒られているようだった。
「お見事です、カインお兄様。途中でずいぶんと積極的に前に出ているみたいだったので、内心、ヒヤヒヤしましたけどね」
「良く見てるな、ユリウス。みんなには内緒だよ。なぜだか分からないけど、鎧が汚れなくてさ。おかげで遠慮なく剣を振ることができたよ」
うれしそうにニカッと笑っているが、ライオネルはちゃんとカインお兄様の動きを見てるんだよなー。あの怒られている騎士たちが終われば、次はカインお兄様だぞ。
「ユリウス様の魔法はやはりすごいですね」
「本当です。あれだけの範囲の雪を溶かすとは」
「我々はいらなかったかも知れませんね、ハッハッハ」
「……」
魔導師たちが騒いでいる。どうやら俺がやらかしたことに魔導師の皆さんは気がついているようだ。それもそうか。だれもオーバーヒートの魔法を使ってなかったもんね。ここは何とかごまかしておかないと。
ネロが目を輝かせてこちらを見ているし、手元の鉛筆がすごい勢いで動いている。そんなに手帳にメモすることはないと思うんだけど、日記でもつけてるのかな? それはそれで、あとで内容を確認した方が良さそうだ。
「えっと、あれは雪を溶かすことに専念したからだよ。みんなみたいに、攻撃もかねた魔法にすれば、あんなことにはならないよ」
「本当にそうでしょうか? 私たちがオーバーヒートの魔法を使っても、あそこまではならないと思いますが」
「そうですとも。だから使う魔法を火属性の攻撃魔法に限定したのですから」
これはダメだな。火に油をそそぐ形になっている。ここは黙っておこう。「沈黙は金」作戦だ。だがそれをカインお兄様が許してくれなかった。
「もしかして、雪がすごい溶けたのって、ユリウスの魔法だったのか!?」
「いや、えっと、そうかも?」
「うーん、これは帰ってからお父様に……」
「カイン様、お話があります」
「ら、ライオネル!?」
やっぱり次はカインお兄様の番だったか。しかし、なかなか良いタイミングでライオネルが来てくれた。これならさっきの話もうやむやになる可能性が出て来たぞ。グッジョブライオネル。
「カイン様の次はユリウス様ですので、しばらくお待ちになっていて下さいね」
「……はい」
笑顔のライオネルに、うろたえるカインお兄様が引きずられるように連れて行かれた。次は俺か。悪いことなんて何もしていないのに。グスン。
結局俺は拠点に戻ってから説教された。そんな魔法が使えるなら、事前に言ってくれとのことだった。それなら別の作戦を考えることができたと言われてしまった。
その通りである。事前にマジックアーマーのことも、オーバーヒートのことも話していれば、スノウワームを囲むこともできたし。騎士たちも安心して戦うことができたはずだ。しっかりと反省して、次に生かそうと思う。
「雪の精霊様とはここでお別れですね」
「そうじゃの。雪も元通りに戻したことだし、もうワシの力は必要ないじゃろう。約束を忘れるでないぞ」
「ドライフルーツ二袋ですね。間違いなくお供えしますよ」
「名前を書いておいておくれよ」
「分かりました。そうします」
名前を書けばその精霊の元に行くのか。いや、この場合は他の精霊に取られないということなのかも知れない。あの「神棚」システムは謎が多いからね。
そう言い残して雪の精霊は去って行った。今の季節は雪の管理で忙しいはずなのに、俺たちのために無理してくれていたのだろう。二袋じゃなくて、三袋にしておこう。
拠点内は明日の撤収に備えて慌ただしくなりつつあった。ゴミの片付け、食料、備蓄品の整理整頓。もちろん先の戦闘によるケガ人の手当も行われている。さいわいなことに、大きなケガをした人はいなかった。
そしてそのケガ人も俺の作った魔法薬を飲んで元気はつらつになっていた。……君たち、それを飲みたかっただけじゃないよね?
いぶかしむように見つめるその先で、カインお兄様が実にイイ顔をして初級体力回復薬を飲んでいた。まあ飲んでも良いんだけど、中毒になったりしないか心配である。ミーカお義姉様も飲んでいるだろうし、ますます心配になってきた。
夜はちょっとした宴になった。全員無事にスノウワームを討伐したのだ。そしてまだ確定したわけではないが、村にスノウウルフが現れていたのは、スノウワームに追い立てられたからだろうという意見で一致している。そのため、まずは一安心となったわけだ。
「俺もお酒が飲めたらなー」
「ダメですよ、カインお兄様。学園を卒業するまではまだ子供ですからね」
「分かっているよ。でも、おいしそうなんだよなー。それにとっても楽しそうだし」
陽気に歌っている騎士たちを見てカインお兄様がうらやましそうな顔をしていた。でもね、お兄様、まだ家に帰ったわけじゃないぞ。あんまりお酒を飲むと、何かあったときに対応できなくなるからね。ライオネルを見ろ。渋い顔をしているじゃないか。
食事が終わるとすぐにファビエンヌ嬢に連絡を入れた。
スノウワームを討伐した。これから帰る。
短い会話だったが、何となく彼女が安心してくれたような空気を感じた。屋敷に帰ったら、心配をかけてしまったファビエンヌ嬢におわびの品を持って行かないといけないな。
ガラスペンに万年筆。ホットクッキーに魔石懐炉も必要だな。帰ったら大忙しだ。ロザリアが全部の材料を使い尽くしていないことを祈るしかないな。信じてるぞ、ロザリア。
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