第301話 決意を胸に

 問題はないとは思うが、万が一不具合があってはならない。そのため、持って来た魔石懐炉を、今回一緒に調査へ行くメンバーに一つずつ渡した。


「使い方はこうやって魔石を入れるだけだ。熱くなりすぎたら魔石を取り出すように。そうしたらすぐに発熱が止まる仕組みになっている」

「なるほど。ずいぶんと簡易的な魔道具なのですな」

「制作速度を優先したからね。需要があれば、改良版をロザリアが作ってくれるはずだ」


 ロザリアの方を見ると、任せろとばかりに胸を張った。うーん、まだまだなだらかだな。ここから本当にお母様みたいになるのかちょっと不安だ。

 騎士たちはさっそく魔石を入れて使用感を確かめてくれていた。この何の疑いもなく使ってくれるところは、俺が信用されているというあかしなのだろう。ちょっと照れるな。


「問題があったらすぐに言ってくれ。修正する。ホットクッキーはどうだった?」

「素晴らしい魔法薬ですよ。暑すぎず、寒すぎず、完璧な魔法薬です。常備して欲しいくらいです」

「このホットクッキーがあれば、冬場の任務も凍えることなく遂行することができます」


 騎士たちから、もっと欲しいという意見をもらった。これは常備薬として備えておくべきだな。それなら夏用に「コールドクッキー」も作っておくべきなのかも知れない。要検討だな。

 魔石懐炉を渡し終えるとすぐに屋敷に戻った。騎士団では遠征の準備をしていた。それを邪魔するわけにはいかない。


「ユリウスお兄様、どこかに行くのですか?」


 帰り道でロザリアが尋ねてきた。どうやら今回のカシオス山脈の調査については詳しく聞いていないようである。それもそうか。心配させるだけだもんね。でもここでウソをついても、あとでバレることは間違いない。一日、二日では調査は終わらないだろうからね。


「ちょっとカシオス山脈の調査に行くんだよ。何か問題が起きたみたいなんだ」

「私も行きますわ!」

「ダメだよ、ロザリア。冬の山はとても危険だ。連れて行くわけにはいかない」

「そんな危険なところに、なぜお兄様は行くのですか?」


 しまったな。ロザリアにあきらめてもらうために「危険」という単語を出したのはまずかった。ロザリアの目が揺らいでいる。今にも泣き出しそうである。何とかせねば。


「それはね、雪の精霊様の加護をもらっているからだよ。ほら」


 そう言って手をかざすと、粉雪が舞った。さらに手を振ると周囲に雪が積もった。もちろんこれは俺が魔法を使っただけである。だがそれを知らないロザリアは、きっと「雪の精霊様の加護」のお陰だと思ったはずだ。


「すごいですわ、お兄様! こんなこともできるのですね」

「みんなには内緒だよ? ネロとリーリエもいいね?」


 口を閉じでコクコクと首を縦に振る二人。ネロは手帳に書いたものを消しゴムで消していた。危なかった。また妙なウワサが流れるところだった。パッと手を払って雪を消すと、何でもないかのように屋敷に戻る。帰り道、だれかにこのことがバレないか、心臓がドキドキだった。


 ロザリアの心配を目の当たりにしてしまったことで心が揺らぐ。このことをファビエンヌ嬢に伝えておくべきか。間違いなく心配をかけさせることになると思うが、何も言わずに調査に出かけて、あとでファビエンヌ嬢が知ったらどう思うか。内緒にしていたことで、落ち込んだりしないかな。


「どうしたんだい、ユリウス? 元気がないみたいだけど」

「アレックスお兄様……」

「悩み事があるのなら相談に乗るわよ」


 ダニエラお義姉様が暖かい笑顔を向けてくれた。ここはやはり女性の意見を聞いてみようと思う。男の俺が必死に考えたところで答えは出ないだろう。


「ファビエンヌ嬢に調査のことを話すかどうか、迷っているのですよ」

「そうね、手紙を出すべきだと思うわ。本当にその人のことが好きなら、どんな小さなことでも知りたいと思うものよ」

「なるほど」


 普通なら、今から手紙を出しても届くころにはすでに俺は出発している。今さらどうすることもできないと自分自身を納得させるしかないだろう。でも俺たちには通信器機能がついた指輪があるんだよね。これならすぐに連絡することができる。

 どんな小さなことでも知りたいか。よし、ファビエンヌ嬢に話すとしよう。


 その後はミーカお義姉様のご機嫌を取るべく奔走した。結果、なぜかミーカお義姉様とダニエラお義姉様と一緒にお風呂に入ることになった。そしてどこからかそれを聞きつけたロザリアがお母様と一緒にやって来た。ネロが湯船の片隅で縮こまっていたのが印象的だった。もしかして反応しちゃったのかな? 多感なこの時期にそれはないよね。俺もできるならばそっちに行きたかった。


「お風呂に入ったはずなのに、何だか疲れた……」

「そうですね。私も同じく……」


 自室でグッタリとする。しかしこれはこれで都合が良いぞ。疲れているネロを「明日に備えるように」と言って部屋から追い出すと指輪を握りしめた。すぐに反応があった。なんかちょっとうれしい。


『どうなさいましたか? 何かありましたか?』


 ちょっと切迫したかのような固い声が聞こえて来る。その通りなので、思わず苦笑いしてしまった。こうして通信を送ることは、相手にとって心の負担になってしまう可能性があるな。気をつけないと。用もなく通信を送るのはやめておこう。


「ええ、ちょっと。スノウウルフの目撃例が増えてましてね……」


 それから俺はその調査に行く話をファビエンヌ嬢にした。できる限り丁寧に説明を行い、冬の雪山に行く対策としてホットクッキーと魔石懐炉を準備していることも伝えた。

 わずかな沈黙。危険だから行くな、と言いたい感情が痛いほど伝わって来た。


『あの、私も一緒に行くことはできませんか?』

「ファビエンヌ嬢、さすがにそれは無理だよ。俺が言っても説得力がないのは分かっている。でもあえて言わせてもらうよ。危険だ」


 痛いほどの沈黙。すごく胸が痛い。でもこれだけ俺のことを心配しているのだ。もし言わないで調査に向かったら、幻滅されていたかも知れない。


『分かりましたわ。それでは私に約束して下さい。無事に帰って来ると』

「もちろんだよ。絶対に無事に帰ってくるよ。約束する」


 さあこれで決心がついたぞ。どんな手を使ってでも、俺はここに帰って来るぞ。そしてファビエンヌ嬢のところに謝りに行くんだ。心配かけてごめんって。

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