第300話 魔石懐炉

 ライオネルの話をまとめると、カシオス山脈の調査に向かう騎士は全員で二十名。そこに俺とネロ、カインお兄様、ライオネルの四人が加わる。ジャイルとクリストファーは「自分たちも参加する」と言い張ったが、これ以上、子供を増やすことはできないと言われて撃沈していた。


 本来なら、俺とネロ、カインお兄様が加わる余地はない。しかし俺には「雪の精霊様の加護」がある。俺が加わるメリットは大きいと言える。そして弟の俺が参加するのに兄が参加しないのはまずいだろう。特にカインお兄様は将来、ハイネ辺境伯騎士団を率いることになるのだ。そうなると危険であっても行かざるを得ない。


「ミーカも行きたがっていたよ」

「さすがにそれはまずいでしょう。何かあったら大変ですからね」

「そう言って何とかみんなで説得したよ。ユリウスが参加するのに何でって最後まで言っていたけどね」


 これはあとでご機嫌を取っておくべきだな。ミーカお義姉様に嫌われるのは本望ではない。それにしても、俺のせいでカインお兄様を巻き込む形になってしまったな。これは気合いを入れて、無事に帰って来なければならないな。


「申し訳ありません。カインお兄様も……」

「俺のことは気にするな。大事な弟を守るのが兄の仕事だ。もっとも、ユリウスにその必要はなさそうだけどね。いやむしろ、俺が守ってもらう立場なのか?」

「そんなことありませんよ!」


 慌ててそれを否定する。そんなことにでもなったら一大事だ。それだけは何とかして阻止しなければならない。何事もなく調査が終わればいいんだけどな。


 俺が作ってきたホットクッキーはその場でライオネルによって披露された。驚く騎士たち。その中で、調査団に入る人たちにはホットクッキーを試食してもらった。どのくらいの効果があるのかがあらかじめ分かっていれば、雪山対策もやりやすいだろうからね。


 だがしかし、誤算もあった。「どのくらいの性能があるかを確かめるため」と言って、服を脱ぎ、我慢大会を始めたのだ。何この体育会系のノリ。ああ、そう言えば騎士団だったね。そんなノリにもなるか。俺は「あとで結果を教えてね」と言ってその場を去った。

 やることは他にもある。急いで工作室へと向かった。


 工作室には都合良くロザリアの姿があった。急に雪山調査が行われることになったのだ。屋敷の中もてんやわんやになりつつあるのだろう。その結果、ロザリアが自由に動けるようになっている。これは運が良い。


「ロザリア、緊急任務だ。新しい魔道具を一緒に作ってもらいたい」


 パアッと目と口が大きく開いた。その目はランランと輝いている。本当にロザリアは魔道具が好きなんだな。そのうち「魔道具と結婚する」とか言い出しそうで怖い。さすがのお兄ちゃんも魔道具と結婚させることは無理かな。いや、全自動人型魔道具を作ればワンチャン……いやダメか。


「どんな魔道具ですの?」

「魔石懐炉という魔道具だ。これを懐に入れておけば体が温かくなるんだよ」

「それを抱いて寝れば、夜もあったかですわね!」

「そうだけど、ロザリアは湯たんぽのミラを抱いて寝れば良いんじゃないかなー」

「キュ! キュ!」


 そうだそうだと言わんばかりにミラがその存在を主張した。いたのか、ミラ。気がつかなかった。どこかに隠れていたのかな?


「まずは設計図を描くから、その間にロザリアにはこの素材を集めてもらいたい。ネロ、リーリエ、ミラもお願い」

「分かりましたわ」

「すぐに用意いたします」

「かしこまりました」

「キュ!」


 よしよし。それじゃ俺は邪魔者がいない間にパパッと設計図を描くとしよう。紙をたぐり寄せると、その上に万年筆で図面を描き始めた。作ってて良かった万年筆。毎回、インクをつける手間が省けて、超便利。


「集めて来ましたわ!」

「ありがとう。こっちも設計図が完成したよ」

「え?」


 ロザリアだけじゃなく、他の二人も固まった。唯一固まらなかったミラが「ほめて、ほめて」とばかりに頭突きをしてきた。そんなミラをナデナデしているうちにみんなが復活した。


「あまり時間がないけど、合計で二十四個の魔石懐炉を作りたい。さっそくロザリアに教えるから、二人は手助けをお願い。ミラは応援を頼むよ」

「分かりました」

「キュ!」


 これでよし。魔石懐炉はクエストアイテムとして、雪国で大量に作った覚えがある。かつて作ったことがあるので簡単に作り出すことができるのだ。これが一から設計するのだったら無理だったことだろう。


 ロザリアに教えながら一緒に作成を開始する。形は平たくなった卵形。大きさは大人の拳サイズである。中に発熱の魔法陣を組み込み、その周りに、熱がジワジワと伝わるように一角鳥の羽毛を配置する。それをダイカンガエルの皮で包み込み、金属製の容器に入れる。あとは魔法陣と魔石がつながるように配線すれば完成だ。


「この部分を開いて魔石を入れるんだよ。魔石を入れると温度が上がるようになっている。逆に出せば温度が下がる」

「スイッチはないのですね」

「そうだね。スイッチがあった方が便利かも知れないね。それはロザリアへの課題にしておこうか。今はとにかく、数が欲しい」

「分かりましたわ」


 二人係で魔石懐炉を作製していく。素材が足りなくなりそうになったら、すぐにネロとリーリエが用意してくれた。応援に疲れたミラはソファーで眠っていた。頑張って応援していたもんね。


 そのかいあって、夕方までには二十四個の魔石懐炉が完成した。早めに使い勝手を確かめてもらった方が良いと思ったので、ロザリアを連れて再び騎士団の宿舎へと向かった。

 そこでは上半身裸の屈強な男たちが筋トレをしていた。何だこの光景は。思わずロザリアを目隠ししてしまった。


「ライオネル、これは一体……」

「これはユリウス様、ロザリア様、失礼いたしました。おい、お前たち、いい加減に服を着ろ!」

「サー、イエッサー!」


 何だこれ……どう言うことなの。話によると、体がホットになった騎士たちがそのあまりのすごさに感動して、感謝の筋トレをしていたらしい。上半身裸で。どうやらこの時間でもまだ体が温かいようである。これなら一日に二つ食べれば何とかなりそうだ。


 これならばホットクッキーの数も十分に足りるだろう。夜に追加分を作る必要はなさそうである。良かった。


「ところでユリウス様、その手に持っておられるのは?」

「ああ、これは魔石懐炉と言ってね。今回の調査で使ってもらおうと思って、ロザリアと一緒に作ってきたんだよ」

「……あの、それは魔道具ですよね?」

「そうだよ?」


 困惑するライオネル。俺とロザリアも困惑してお互いに顔を見合わせた。もしかして、何かまずかったですかね?

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