第299話 ホットクッキー

 翌日、朝食を食べ終わるとさっそく準備を開始した。今日の魔法訓練と授業はお休みにする。そんなことをやっている場合じゃない。

 朝食の席では改めてお父様から今回の件についての話があり、協力を頼まれた。どうやらあれからアレックスお兄様はお父様と話し合いをしていたようである。


「ユリウス様、どちらに行かれるおつもりですか?」

「調理場に行くよ。欲しい食材があってね」

「分かりました。お供いたします」


 ネロはもう完全に俺の忠実な執事になっているな。手帳に色々と書き込んでいるところを見ると、まだ俺の監視の意味合いも強いのかも知れないが。

 調理場に着く。朝食の片付けで忙しそうだったが、洗い物の多くは食器洗い乾燥機が一手に引き受けてくれていた。そのため、料理人たちの表情にはまだ余裕がある。


「これはユリウス様、いかがなさいました?」

「欲しい物があるんだ。中麦粉と唐辛子、ミルクに卵、あと砂糖も欲しい。ないならハチミツでも構わないよ」

「承知いたしました。すぐに用意いたします」


 詳しいことは聞かずに食材を準備してくれた。それだけ信用されているってことなのかな。それとも、「また何か妙な物を作るつもりだ」って思われてる?

 調理場で入手した素材を持って調合室へと向かった。ここのところ工作室にこもることが多かったので、ちょっとホコリっぽいな。


「ユリウス様、すぐに掃除しますので少々お待ちを」

「いや、その必要はないよ。この部屋の掃除をしないでくれって頼んだのは俺だからね。クリーンルーム」


 魔法を使ってあっという間に部屋を掃除する。この魔法は部屋を掃除することに特化した魔法だ。放置して汚れたマイハウスをキレイにすることができる優れもの。自動お掃除ホウキをマイハウスに設置しておけばいつでもキレイな状態を維持できるけど、時間経過で動かなくなるんだよね。

 あ、ネロの目がまん丸になってる。口止めしとかなきゃ。


「ネロ、キミは何も見なかった。良いね?」

「わ、分かりました。それで、今回は何を作るのですか?」

「ホットクッキーを作るよ。これを食べればある程度の寒さから身を守ってくれるんだ」

「そんな魔法薬があるのですね」


 それは感嘆の声だった。あきれ声じゃなくて良かった。

 さっそくホットクッキーの作製を開始する。調査団の規模がどのくらいになるのか分からなかったので、もらってきた材料を全て投入することにした。


 ネックとなるのが唐辛子である。どうしても必要な素材なのだが、辛味が出てしまい、独特の風味になってしまう。それを回避するために、温室で育てていたハーブ類も混ぜ込む。この辺りはセンスだな。毎回作るたびに味が変わってしまうだろうが、そこはご愛嬌ということで。


 大きめの鍋に素材を入れる。そこに毒消草から抽出したエキスを混ぜて、しっかりと混ぜる。ミルクや卵を入れるのも忘れない。一応クッキーだからね。全ての素材を投入して混ぜ合わせる。少しでもスタミナが持続できるように、マキシニンニクも入れておこう。女性隊員がいないことを祈る。


 出来上がった塊を棒状に伸ばすと、大きなコインのサイズに切る。それを鉄板に並べて窯で焼く。徐々においしそうな匂いが調合室に充満し始めた。この匂いをミラが察知したら飛んでくるだろうなー。

 ピンポーンと調合室のチャイムがなった。扉の向こうからは「キュ、キュ!」と声が聞こえてくる。さすがミラ。行動が速い。


「ミラ~? これは大事な魔法薬だからね。食べ過ぎちゃダメだからね」

「キュ!」


 本当に分かっているのかな。そんな疑問を持ちつつもミラにホットクッキーを食べさせてあげる。気に入ったのか、両手をバタバタさせている。

 ミラだけでなく、俺も味見をする。制作者だからね。他の人の意見も参考にするべく、ネロにも食べさせる。


「これは食べやすくておいしいですね。商品として売りに出してもきっと売れますよ。あ、何だか体の芯が暖かくなってきました」

「そういう魔法薬だからね。売りに出すのはちょっと……一応これ、魔法薬だからね」


 見た目は完全にお菓子である。風邪予防用クッキーとか作ったら、子供たちや親から大人気になるかも知れないな。別の意味で魔法薬に革命を起こせるかも知れない。……要検討だな。またアレックスお兄様の仕事が増えるかも知れないが。


 午後からは騎士団のところへと向かった。調査団についての進捗状況を聞くためだ。本来ならお父様かアレックスお兄様に聞くべきなのだが、二人とも忙しそうなのでなるべく負担をかけないようにしたい。


「ジャイル、クリストファー、ライオネルを見なかったか?」

「それが、お屋敷に出向いたまま、まだ戻って来ていないのですよ」

「そうか。話し合いが難航しているのかな」

「何かあったのですか?」


 おっと、どうやらジャイルたちは聞いていないようである。話しても良いものかと思っていると、ライオネルが戻って来た。その表情はちょっと憂鬱そうだ。それもそうか。雪山に向かえ、なんて言われたらそんな顔にもなるか。命がけの登山になるだろうからね。


「ライオネル、ちょうど良かった。方針は決まったみたいだね」

「ええ、決まりました。まずはどこから話せば……」

「ライオネル、他のみんなと一緒に聞こう。全員に報告するのだろう?」

「はい。その通りです。それでは一緒に参りましょう」


 ライオネルはジャイルとクリストファーに訓練場に全員集合させるように指示を出していた。その間に俺は先ほど作ったホットクッキーの話をしておいた。ライオネルは驚いていたが、その表情は明るい。


「さすがはユリウス様! そのような魔法薬があったとは。これなら騎士たちの負担もかなり軽くなるはずです。体温をどう維持するかが問題になりますからな」


 確かにその通りである。これはホットクッキーだけでは心もとないな。それなら追加で魔石懐炉を作っておいた方が良いな。こちらはホットクッキーのように大量には作れない。調査団の人数を聞いてから、必要な数だけ作ることにしよう。

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