第298話 一体何が

 お風呂から上がると、いつもの「風呂上がりに行くサロン」へと向かった。途中でネロにロザリア専用の万年筆を取りに行ってもらった。ネロ以外にも、リーリエや、ミーカお義姉様に付いている使用人がいるので問題はない。


「風呂上がりのオレンジジュースは最高だな」

「お兄様、リンゴジュースもおいしいわよ」

「キュ」

「あら、ブドウジュースもなかなかよ」


 ミラはミルクを飲んでいる。この辺りはまだ子供だなぁ。風呂上がりの一杯を飲んでいるとネロが戻って来た。ネロとリーリエにも何か飲むようにと指示してから、ロザリアに万年筆を渡す。


「これがロザリアの万年筆だよ」

「すごい! 素敵ですわ。……これはミラですわね」

「キュ!? キュー!」


 ロザリアの発言にミラがのぞき込み、おたけびを上げた。たぶん気に入ってくれたんだと思う。しきりに俺に頭突きをしているからね。変わった愛情表現だー。

 半乾きのミラを冷温送風機で乾かしながら、さっそく試し書きするロザリアを見ていた。


 俺たちが騒いでいるのが聞こえたのか、アレックスお兄様がやって来た。その顔は少し疲れた様子である。やっぱりちょっと負担をかけすぎたかな? ここは俺も事業に参加するべきだろうか。一応、大人並みの頭脳を持ち合わせているので、まったくの役立たずということにはならないだろうと思うけど。


「アレックスお兄様、お仕事の量が多すぎましたか?」

「ああ、いや、違うんだ。別の案件だよ」

「もしかして、スノウウルフの件ですか?」

「……どうしてそれを? そうか、ミーカ嬢から聞いたのか。ミーカ嬢も……ユリウス、カインから怒られないようにね?」


 若干まだ湿っているミーカお義姉様を見て、何があったかを正しく察してくれたようである。ありがたい警告までいただいた。でもそんなこと俺に言われても。俺がミーカお義姉様がお風呂に入っているところにお邪魔したなら怒られるかも知れないが、逆だからね?


「これはその、色々と事情があるのです。私は悪くありません。それで、問題がありそうなのですね?」

「ユリウスに話すのはどうかと思うけど、まあ良いか。どうもカシオス山脈の方面からスノウウルフが流れて来ているみたいなんだよね」

「カシオス山脈? 確かトラデル川の源流がある山ですよね。ということはカシオス山脈で何かあったということですか」


 トラデル川からはいくつもの魔法薬の素材を入手することができる。そこが荒らされるのはかなり困る。それに、将来的にはカシオス山脈に貴重な魔法薬の素材を入手しに行きたいと思っている。もしかすると、俺の知らない未知の素材が眠っているかも知れないのだ。夢が広がるな。


「それで、近いうちに調査団をカシオス山脈に派遣することになったんだ」

「なるほど」


 本格的な冬はもうそこまで来ている。残された時間はあまりない。そのため、かなりの強行軍になるはずだ。雪で閉ざされてしまったら、どうしようもないからね。

 商会の設立に、調査団の派遣。どちらも大事な仕事だ。それが重なったことで頭を悩ませているのだろう。


 お父様はお父様で、冬の到来に備えた領民の準備に忙しいだろう。何せ今が一番忙しいとき。ここで冬への備えを怠れば領民が凍死してしまう。それでは領主失格である。

 それならば、過去に騎士団を指揮したことがある俺が適任か。


「アレックスお兄様、私が調査団の派遣を指揮しますよ」

「それはありがたいけど……」

「もちろん私一人じゃありません。カインお兄様にも、ミーカお義姉様にも手伝ってもらいます。それに私には雪の精霊様の加護がありますから、きっと何かの役に立つはずですよ」


 アレックスお兄様が考え始めた。どうやらかなり迷っている様子だ。俺には雪の精霊様の加護がある。これがあれば、少なくとも調査中に吹雪になることはないだろう。天候もこちらを味方してくれるかも知れない。


「アレックス様、この件に関してはカイン様も関わって来るのでしょう? それならば、協力者は一人でも多い方が心強いですわ」


 ミーカお義姉様の進言に「フーッ」と大きく息を吐くアレックスお兄様。ようやく覚悟を決めたようである。

 恐らくこの話を詳しく俺にした段階で、俺の力を借りることができればと思っていたのだろう。損害を最小限に抑えるためにも、雪の精霊様の加護を期待していたはずだ。


「分かったよ。この件に関しては私からお父様に話しておくよ。すまないね、ユリウス。キミを巻き込んでしまって」

「問題ありませんよ。私だってハイネ辺境伯家の一員ですからね」

「アレックスお兄様、私も一員ですわ!」

「キュ!」


 蚊帳の外になると思ったのか、ロザリアとミラが「ハイハイ!」と手を上げてきた。実にけなげである。この問題はハイネ辺境伯家全体で何とかしなければならないな。願わくば、大した問題ではありませんように。


 アレックスお兄様の話によると、明日、騎士団と話し合いをしてから調査団を結成するらしい。そのあと調査範囲の選定を行ったのちに、明後日から本格的な調査に入るようにしたいと思っているようだ。


 あまり時間はないが、それまでに追加のガラスペンの作製や、冬の雪山で役に立ちそうな魔法薬を作っておかないといけないな。

 寒さを和らげるために、ホットクッキーでも作っておこうかな。これがあれば体の一部ではなく、体全体がホットになるぞ。

 メインの素材は小麦粉と唐辛子。確か調理場にあったはず。いけるか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る