第293話 追加の文具

「なるほど。ダニエラ様から言い出したのですね」

「そうよ。だからユリウスちゃんを怒らないでね。元々はアレクが一緒にお風呂に入らないって言うのがいけないんだから」


 ダニエラお義姉様はアレックスお兄様に断られたことを根に持っているようである。どうやら一緒にお風呂に入ることに、並々ならぬコンプレックスを持っているようだ。それだけ広いお風呂に一人で入るのが嫌だったということなのかな。


「いや、別に怒ってないよ。ただ、ユリウスも男の子だからね」


 チラリとこちらを見るお兄様。何を言っているんだこの人は。義姉に手を出すわけがないじゃないか。しかも王族。何かあればこの首なんてすぐに飛ぶぞ?


「アレックスお兄様、少し想像力が豊かすぎるのではないですか? そんなことしませんよ。それにまだ十歳ですよ?」

「そ、そうだよね、アハハ……」


 ばつが悪そうに口元を引きつらせながら笑うお兄様。その様子をダニエラお義姉様が半眼で見ていた。どうやら不愉快そうである。おお怖い。これはあとでアレックスお兄様はダニエラお義姉様に説教されるパターンだな。

 俺を罠にかけた罪だな。ざまぁないぜ!


 アレックスお兄様とダニエラお義姉様にお休みの挨拶をしてから部屋に戻る。そこにはなぜか追い出したはずの三人がいた。


「何でまだ部屋にいるのかな?」

「ユリウスお兄様がまた何か作るのではないかと思って、待っておりましたのよ」


 何でばれたんだ。こんなとき、どんな顔をすれば良いのだろうか。とりあえず笑顔を作っているが、何とか追い出さなければならない。


「今日はもうおしまいだよ。せっかくお風呂に入ったのに、また汚れたら嫌だからねって、ロザリア、手が真っ黒だぞ」

「消しゴムつき鉛筆を作っていました」

「今すぐやめなさい」


 しまったな、ロザリアが風呂上がりだったことを完全に忘れていた。俺が妙なことを教えてしまったばかりに、ロザリアの体を汚してしまったぞ。いやらしい意味じゃなくて。

 急いでネロに布巾を持って来てもらう。これで手を拭けば大丈夫……でもなさそうだ。


「ロザリア、服が汚れているぞ。戻ったらちゃんと着替えるんだぞよ」

「え? ああっ、どうしましょう!」


 どうやら服が汚れていることに気がついていなかったようである。俺の指摘で初めて気がついたロザリアが泣きそうな顔になっている。別に明日にでも洗ってもらえばキレイになると思うのだが。それに、着ている服はよくある部屋着である。替えならいくらでもあるはずだ。


「お母様に見つかったら怒られますわ」

「怒られて来なさい」

「ううっ」


 半泣き状態になるロザリア。どうやらお母様が怖いようである。それなら少しは自重すれば良いのに。俺は別に怖くはないから自重しないけど。


「ああ、もう。これに懲りたら、汚れても良い服装のときにだけ物作りをするように。クリーン!」


 ふわっと柔らかい光がロザリアを包んだかと思うと、あっという間に汚れていた服が洗ったばかりのようにキレイになった。

 その光景を見て、ぼう然と立ち尽くすロザリア。理解が追いついていないのか、服のあちこちを調べている。

 

 この魔法は汚れた装備をキレイにすることができる優れものだ。ゲーム内のグラフィックは非常に手がかかっていて、汚れが再現されるのだ。そのため、時間経過で汚れてくる。それを新品同様にすることができる魔法がこの魔法だ。


「さあ部屋に戻りなさい。服が汚れても、今度は知らない振りをするからね」

「す、すごい。お兄様、今の魔法は一体何ですの!?」


 そっちかぁ~。今度はそっちに興味を持っちゃったか~。よし決めた。これ以上の面倒なことになるのは嫌だ。それならば口封じだ。


「良いかい、ロザリア。今の魔法はロザリアがお母様に怒られないようにするために使った魔法だからね。だからこのことはだれにも内緒にしておくんだよ。良いね? 他の三人も良いね?」


 圧をかけてそう言った。青い顔をした四人が口を閉じてコクコクとうなずいている。これで良し。君たちは何も見なかったし、俺も何もしなかった。オーケー?

 何とかロザリアを追い出し、ようやく一息つくことができた。


「さて、と……」


 そう言いながら机の上に木材と布、それから鉄と黄銅を取りだした。そんな俺の様子を見たネロが何か言いたそうにしていたが、結局何も言わなかった。「言っても無駄」とでも思っているのであろう。その通り。でも悪いことをするわけじゃないからね。


 まずは筆箱を作ろう。落としても割れないようにするために布製にする。開閉にはファスナーを使う。そのための黄銅である。せっかくなので、金属製の鉛筆キャップも作ろう。

 見よう見まねでファスナーを作る。良く分かっていない部分も『クラフト』スキルを使えばごり押しできる。


「できたぞ。ほら、ネロ。鉛筆を入れる筆箱だよ。こっちは鉛筆の先が折れないようにするための鉛筆キャップ」


 はい、と渡すと、相変わらずのかわいい驚きの顔を見せてくれた。女の子ではないことは確認済みなのだが、どう見ても女の子なんだよね。本人は気にしているみたいなので、あまり言わないようにしているが。


「よろしいのですか? ありがたくいただきます。さすがはユリウス様。測ったかのようにピッタリですよ。これはどうやって開けるのですか?」

「あ、そうだったね。これはね、こうやって開けるんだよ」


 持ち手となる金具の部分を持って、ジーと開いて見せた。何これみたいな目になるネロ。そしてまたジーと閉じだ。それから無言でネロに渡す。

 筆箱を受け取ったネロはジージーとファスナーを上げ下げしていた。

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