第291話 遭遇

 ロザリアに捕まった俺は鉛筆の作り方を伝授することになった。『クラフト』スキルを使えば大したことではなかったので、ロザリアもすぐに作れるようになった。


「さすがはロザリア様ですね。説明を聞いただけで鉛筆を再現するだなんて」

「そんなことはありませんわ。全部、ユリウスお兄様がすごいからですわ」


 ロザリアが自慢げにネロにそう言った。ちょっと照れる。兄を誇らしく思うのはどこの兄妹も同じなのかも知れないな。

 ちょっと予定は狂ってしまったが、これでロザリアも鉛筆を作ることができるようになった。ハイネ辺境伯家で使うだけなら不足することはないはずだ。


「それじゃ、リーリエの鉛筆がなくなったらロザリアが作ってあげるように」

「分かりましたわ。お任せあれ」


 俺に頼られるのが大好きなロザリアは良い返事をしてくれた。これで任務完了だな。さあ、お風呂へ行かねば。

 ロザリアとミラとリーリエを部屋から追い出して、お風呂場へと向かった。だがしかし、一足遅かったようである。


「あら、ユリウスちゃん。今からお風呂に入るつもりだったのかしら?」

「そうですけど、ちょっと遅かったみたいですね。あとにしますので、ダニエラお義姉様はゆっくりとお風呂に入ってもらって良いですよ」


 まあ、騎士団の宿舎のシャワーを借りるのでも構わないしね。今日はそっちにしようかな。色々あってゆっくりとお風呂につかりたいところだったけど、贅沢は言うまい。


「それなら、一緒にお風呂に入りましょうか」

「え? ダニエラお義姉様、それはちょっとまずいのではないでしょうか……」

「何を言っているのよ。この間も一緒にお風呂に入ったじゃない」


 ニッコリととても良い笑顔を浮かべるダニエラお義姉様。そうだった、ダニエラお義姉様は隙あらば家族のだれかと一緒にお風呂に入ろうとする人だった! しかも前例を作ってしまったので、非常に断りにくい。

 どうする? ここはアレックスお兄様の名前を出して、思いとどまってもらうしかないか。ごめんね、ダニエラお義姉様。一緒にお風呂に入りたくないわけじゃないのよ。


「あの、でも、アレックスお兄様がどう言うか……」

「それは大丈夫よ。アレクに一緒にお風呂に入りましょうって言ったら断られちゃったから」


 どこがどう大丈夫なんだ? と言うか、誘われたんだ、お兄様。これは俺の知らないところで一緒にお風呂に入っているな。けしからん。もしかすると、カインお兄様とミーカお義姉様も……ますますをもってけしからん。


 そして俺と言えば、御機嫌なダニエラお義姉様の顔を曇らせないようにするためには、一緒にお風呂に入るしかなかった。


 ここで俺まで断ったら、さすがにダニエラお義姉様が傷つくだろう。何せ有効的な断る理由がないのだから。年齢を持ち出しても、前回一緒にみんなでお風呂に入っちゃったからなー。説得力が皆無である。

 

 そうなると、アレックスお兄様がどうやってダニエラお義姉様からのお誘いを断ったのかが気になるな。ちょっと仕事が忙しいとか言ったのかな?

 そんなことを考えていたのが良くなかったのかも知れない。ネロが一緒にお風呂場に来ていないことに気がつくのに遅れた。


「あれ? ネロは?」

「ネロ君は入り口で待っているとのことですわ」


 ダニエラお義姉様についている使用人がそう言った。いつもはネロが服を脱ぐのを手伝ってくれるのだが、今はダニエラお義姉様の使用人が手伝ってくれている。もちろん女性だ。良く見ると、周りは女性しかいない。しかも体を洗う係の使用人はすでに服を脱いで全裸になっていた。これはまずい。


「あ、あの、ダニエラお義姉様、やっぱり私は別の時間にお風呂に……」

「あらユリウスちゃん、そんなに私と一緒にお風呂に入りたくないの?」

「いや、そんなわけでは……」


 ダニエラお義姉様の方を振り返って、思わず息が止まってしまった。目の前にはまるで美の女神のような美しいプロポーションをした女性が立っていたのだ。全裸で。

 タオルは!? タオルはどうした! 前回はタオルをしていましたよね?




「ダニエラお義姉様、お願いですから、せめて、タオルを巻いて下さい」

「そう? 義姉弟なんだから別に気にしなくても良いと思うんだけどなー」

「それでもです!」


 どうしてこうなった。ダニエラお義姉様と一緒に湯船で肩を並べているが、一向にタオルで隠す気配がない。俺は隠しているのに。どうしたんだ、ダニエラお義姉様は。もしかしたら、人前に裸をさらすのが好きなのか? そして口調がいつもとガラッと違う。とてもフレンドリーである。こっちが素なのかな。


「もう、ユリウスちゃんは真面目なんだから。そんなところはアレクにそっくりね」


 そう言いながら俺のほほをツンツンするダニエラお義姉様。これはあれだ。完全にペットのような扱いである。要するに、ダニエラお義姉様にとって俺はミラと同じポジションである。そう思うと何だか力が抜けてきたぞ。意識して損した。


「こちらの生活には慣れてきましたか? どうですか、お城にいるときに比べて。楽しいですか?」

「そうね、とっても楽しいわ。どれだけ自分が狭い世界に閉じ込められていたのかが良く分かったし、何一つ、自由じゃなかったことを知ったわ」


 おっと、どうやらダニエラお義姉様は王家のやり方にかなりの不満を持っているようだ。

 これは質問を間違えちゃったなー。単に不便な思いをしていないかを聞きたかっただけなのに。言葉って難しい。何とか別の話題に変えないと。そうだ。


「楽しのなら良かったです。そうでした。使用人が手帳に文字を書きやすいようにするために、新しい文具を作ったんですよ」

「新しい文具?」


 うつむいていたダニエラお義姉様がこちらに顔を向けた。それと一緒に使用人たちもこちらを振り向く。みなさん実に良い物をお持ちで。……お父様の趣味かな? いや、ハイネ辺境伯家の男性陣の趣味か。


「はい。消しゴムつき鉛筆って言うんですけど、良かったらダニエラお義姉様についている使用人にも使ってもらえないかなーと思いまして……」

「また新しい物を生み出したのね。本当にすごいのね、ユリウスちゃんは。アレクが必死に守ろうとしているのも分かるわ」


 ダニエラお義姉様が目を細めた。アレックスお兄様が守ろうとしている? そうだったのか。気がつかなか……そこまで考えたとき、俺の頭の中は柔らかい感触で一杯になった。

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