第290話 何もしてないよ

 無事に夕食の時間は終わり、あとは自由時間とお風呂と就寝だけになった。お風呂の時間は日によって違う。基本的には好きな時間に入って良いようになっているのだ。


「ネロ、お風呂の空いている時間を教えて欲しいんだけど」

「えっと、今の時間は奥方様とロザリア様が入っておりますね。その後なら空いているようです」


 ネロが手帳を取り出して確認している。そう言えば使用人はペンの代わりに小さくした黒鉛を使ってメモを取っているんだったな。使用人こそ、万年筆がいるんじゃないのか? いや、それよりも鉛筆の方が良いかも知れない。こっちなら消せるからね。消しゴムも含めて、作ってみようかな。


「それじゃ、そのときに入ろう。最近はお母様がロザリアを連れて一緒にお風呂に入ってくれるから助かるよ。ミラも一緒に入っているみたいだしね」

「そのようですね。リーリエもときどき一緒に入らせてもらっているみたいです」

「ああ、体を洗う練習をさせてもらっているのか。リーリエも頑張っているみたいだね」

「仕事にやりがいを感じているようです。毎日が楽しいって言ってましたよ」


 ネロの声が弾んでいる。リーリエだけでなく、ネロも同じように思っているのかも知れないな。そうだと良いんだけど。

 リーリエが言うことは正しいと思う。ロザリアは傍若無人な振る舞いはしないし、おやつはみんなで食べる派だ。他の家の使用人がどのような扱いをされているのかは良く知らないが、使用人に対する扱いは甘い方だと思っている。


 お風呂までにはちょっとだけ時間がある。その間に消しゴムつきの鉛筆を作っておこう。いくつか部屋にキープしている素材で何とか作れそうだったのでさっそく作ってみた。消しゴムとしての性能はあまり良くないが、塩ビが手に入らないので天然ゴムで我慢した。


 良い感じに木を形成して小さな溝をいくつも作る。黒鉛を粉々にしてから粘土と混ぜ、それを細い円柱形にしたものを焼き固める。これを先ほどの溝に入れ、接着剤をつけて両側からサンドイッチにすると完成だ。


 あとは六角形になるように要らない部分を削り、最後に片側に消しゴムを薄い銅板でくっつけたら完成だ。小さいころにテレビで鉛筆を作っているところを見たことがあったのでスムーズにできた。足らない技術力は『クラフト』スキルがカバーしてくれる。ほんとチートスキルだな、これ。ロザリアも使えるけど。


「できたぞ、ネロ」

「何がですか?」

「テレレレッテレ~、消しゴムつき鉛筆~」


 パチパチパチ。良く分からないような顔をしているネロがそれでも拍手をしてくれた。まあ、そうだよね。俺はナイフを取り出して鉛筆を削った。ここまでくるとそれが何なのか分かったようである。


「これは……黒鉛の代わりになるものですか?」

「その通り。先が短くなったらさっき俺がやったみたいにナイフで削って使ってね」


 そう言って出来上がった鉛筆を渡した。俺と鉛筆を見比べて目を白黒とさせているが試しに使うことにしたらしい。メモ帳にサラサラと試し書きをした。そしてすぐにそのかわいらしい顔の目がグワッと見開かれ、驚きの表情になった。


「ユリウス様?」

「ああ、その後ろについているゴムを書いた文字にこすりつければ、ある程度は文字を消すことができるからさ」

「え? ほ、本当だ!」


 驚きすぎたのか、何だか落ち着きがない態度になるネロ。久しぶりにこんなネロを見たな。いつもは一人前の執事になろうと思っているのか、気を張っているような感じだったからね。もう少し肩の力を抜いてもらっても良いと思う。少々抜けがあっても、俺はネロたちを見捨てたりはしない。


「あの、リーリエにも分けてあげてもいいですか?」

「もちろんだよ。なくなったら遠慮なく言ってよね。今みたいにすぐに作れるからさ」

「はい!」


 ネロが良い返事をした。どうやら鉛筆を気に入ってくれたようである。やはり使用人には鉛筆の方が良さそうだな。手軽だし、予定変更にも対応しやすい。使用人たちの間に広めてみようかな?

 作って良かった消しゴムつき鉛筆。そんなことを思っていると、お風呂から上がったロザリアたちが俺の部屋にやって来た。


「ユリウスお兄様、何をしているのですか?」

「ん? 何もしていないよ。お母様とロザリアがお風呂から上がったら、次にお風呂に入ろうと思っていたところだよ」


 一瞬、え? みたいな顔をしたネロだったが、俺の顔を見て表情を引き締めた。私は何も見ていません、とでも言いたそうである。さすがはネロ。空気の読める子。

 鉛筆の話をロザリアにしたら、思わぬところまで広がるかも知れない。すでにペン関連でかなりやらかしているのだ。これ以上のやらかしは命取りになりかねない。


「そうなのですね。今、お風呂から上がりましたわ」

「キュ!」


 半乾きのミラが胸に飛び込んできた。毛、伸びてきたな。そろそろ切るか? でも今は冬だしな。今切ったら寒いかも知れない。そう言えば聖竜の毛って何かの素材に使えそうな気がするぞ。これは新素材ゲットのチャンス!


「キュ」


 何かを感じ取ったのか、ミラはすぐさまロザリアの腕の中に戻った。ロザリアが首をかしげている。鋭いな、ミラは。


「お兄ちゃん、それ、何? 黒鉛じゃないよね?」


 ネロが見慣れない物を使って手帳に何かを書き込んでいることに、リーリエが気がついたようである。すぐに気がついたのは自慢の兄に少しでも近づきたいと思って観察しているからなのかな。


「ああ、これはユリウス様が先ほど作って下さった鉛筆だよ。黒鉛の代わりだね。見ての通り、手が全然汚れないし、細い字も書けるし、こうやって間違った部分を消すことができるすぐれものだよ。リーリエにもあげるね」


 ネロが鉛筆をいくつかリーリエに渡そうとしたとき、それを見たロザリアが叫んだ。


「な、何ですってー! お兄様、今、何もしてないって言いましたよね?」


 ネロが「しまった!」って顔をして両手で口元を隠している。どうやらわざとではなさそうだ。俺が簡単に作った鉛筆の自慢をしたくて、つい、口からポロッと出たのだろう。相手が妹のリーリエだったのも良くなかった。


「え? そんなこと言ったっけ? そうだ、ネロ。お風呂だ。お風呂に入らないと!」

「そ、そうでしたね。急いでお風呂に参りましょう!」


 ネロが慌てて服を準備する。俺も急いで部屋を出ようとしたが一足遅かった。ガシッとロザリアが俺の足にしがみついてきた。それを見たミラが遊んでいるのだと思い、反対側の足にしがみついてきた。


「ユリウスお兄様、逃がしませんわよ!」

「キュ!」


 ああ、このままだとロザリアとミラが風呂の中までついてきてしまう。これは今からお風呂に入るのをあきらめざるを得ないな。

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