第282話 ガラスペン

 ロザリアがさらにもう一本作り、合計四本のガラスペンが完成した。ミラと一緒に作ったものはネロのプレゼントすることにした。それをもらったネロはむせび泣いていた。感情が高ぶりすぎな気もするが……聖竜が自らの手で作ったガラスペンなので、きっとものすごく価値が高いのだろう。知らんけど。


 ロザリアが作ったガラスペンは二本。そのうちの一つをリーリエにプレゼントしていた。

 ガラスペンをプレゼントされたリーリエが日頃の見習い訓練も忘れて飛び跳ねて喜んでいる。

 おそらくそのつもりだろうと思って、キレイな色のガラスをロザリアに渡していて良かった。


 ロザリアの提案で、お互いに作ったガラスペンを交換することになった。こんなことなら最初から全力で作っておくべきだった。カラーリングが残念なことになっている。追加注文した色ガラスが届いたら、本気で作ったガラスペンをロザリアにプレゼントしようと思う。


「作ったのは良いけど、まだ試し書きをしてなかったね。ガラスペン作りはひとまず置いておいて、試し書きしてみよう」

「ユリウス様、紙とインクはこちらに」

「さすがネロ。仕事が速い」

「恐れ入ります」


 製図用の大きなテーブルの上にいつの間にか紙とインクが用意されていた。それも人数分である。たぶんミラも試し書きしたいだろうから、二人羽織状態で試し書きすることにした。


「ミラ、暴れちゃダメだからね。汚れたら洗うのが大変だからね」

「キュ」


 分かっているのかどうかは分からないが、神妙な顔はしていた。今度ミラが汚れたら洗濯機に入れてみようかな? いや、目を回すからダメか。


「キュー」


 不穏な空気を感じ取ったのか、ミラが半眼でこちらを見てきた。鋭いな。これが聖竜の力か。そんなミラの頭を軽くポンポンして紙にガラスペンを走らせた。

 ロザリアはもう職人として一人前だな。ロザリアが作ってくれたガラスペンは紙の上をスルスルと、氷の上を滑るかのように心地良く滑った。羽根ペンや付けペンのように、途中で引っかかることはない。素晴らしい。


「すごいですわ、お兄様の作ったガラスペン! こんなにたくさん書けますわ!」


 ロザリアが何だか良く分からない模様のようなものをたくさん描いている。だがそのインクは途切れることはないようで、次々と何かが描かれていく。あれは……お花かな?


「ロザリアが作ってくれたガラスペンはとても書き心地が良いよ。これを知ってしまったら、羽根ペンや付けペンには戻れなくなるね」

「ユリウス様のおっしゃる通りですね。この滑らかな書き心地。そして切れないインク」

「それにとってもキレイです!」


 リーリエはロザリアが作ってくれたガラスペンを汚すのが嫌なのか、インクも付けずにウットリと眺めていた。まるでタンポポのような、明るい色合いのガラスペンだからね。とても気に入っているのだろう。


 俺たちが調子に乗って楽しくお絵描きしていると、どこかで騒ぎを聞きつけたのか、アレックスお兄様とダニエラお義姉様がやって来た。テーブルの上でお絵かきをする俺たちを見て、すぐに異変を察知したようである。


「まさかユリウス、もうガラスペンができたのかい?」

「見て下さい! これはユリウスお兄様が私にプレゼントしてくれたガラスペンですのよ!」


 ロザリアが自慢そうにガラスペンを高らかと掲げた。言葉に詰まるお兄様たち。ここは試し書きをさせるべきだと思い、ネロとリーリエに新しい紙を用意してもらい、ガラスペンを渡した。


「なるほど、この溝にインクがたまる仕組みになっているのか。良く考えられているね。それではさっそく……滑らか!」


 あ、アレックスお兄様がガラスペンを二度見している。その書き心地によほど驚いたようである。その隣ではダニエラお義姉様が自分も書きたいとばかりに手をウズウズさせていた。


 完成したガラスペンは四本。ネロとリーリエはすでにどこかにガラスペンを隠していた。ロザリアはガラスペンを離しそうにない。

 これはあれだな、急いでもう一本作らなければいけないな。俺は急いでダニエラお義姉様のために、清涼感のある青色を基調としたガラスペンを作った。


 お義姉様とはいえ王族である。下手な物を差し出すわけにはいかない。俺は可及的速やかに、かつ、丁寧にガラスペンを作りあげた。


「ダニエラお義姉様、こちらをどうぞ」

「あら、いつの間に?」

「今、作りました」

「今作ったにしては、ずいぶんと装飾が凝っているような気がするのですが」

「ダニエラお義姉様のために頑張りました」


 ニッコリとダニエラお義姉様に笑いかける。一方のダニエラお義姉様は感極まっているのか、目がウルウルしている。これは何だかあまり良くないような気がするぞ。

 そんな俺の予想通り、ダニエラお義姉様がムギュッと俺を抱きしめた。その豊かな胸に顔が埋まる。い、息ができねぇ!


「なんて良い子なのっ!」


 まずい、死ぬ。パンパンとダニエラお義姉様の腕を何度もタップしたが、全く気がついていない。俺を捕まえている両腕が緩むことはなかった。


「ダニエラ様! ユリウス様が死んでしまいます!」

「あら、ごめんなさい。義弟からのプレゼントがうれしくて、ちょっと力が入りすぎてしまったわ」

「ゲホッ、イエ、ダイジョウブデス」


 助かった。さすネロ。もう少しで本当に落ちるところだったぞ。ダニエラお義姉様を喜ばせすぎてはいけない。そして不用意に近づきすぎてもいけない。良い勉強になったな。正気に戻ったダニエラお義姉様はさっそく紙の上にペンを走らせ始めた。

 うん、めっちゃうれしそうな顔をしているな。


 アレックスお兄様は……ものすごく真剣に書き心地を試しているようだ。俺とダニエラお義姉様とのやり取りにも全く気がついていない様子である。そんなに気に入ったのかな?

 それとももしかして、ロザリアが俺のために作ってくれたガラスペンが欲しいのかな? 当然、頼まれてもあげないけど。

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