第283話 特産品が増えるよ! やったね

 ひとしきり試し書きをして満足したのだろう。アレックスお兄様がようやく正気に戻ったようである。ガラスペンをそっとテーブルの上に置いた。


「ユリウス、このガラスペンは一日でどのくらいの数を作れそうだい?」

「そうですね、工作室に一日中こもれば、百くらいは作れると思いますが……さすがにそれは嫌ですからね」

「うん、まあ、そうだよね」


 どうやらアレックスお兄様の頭の中では早くも商品として売り出すことが決まっているようである。その場合、庶民用と貴族向けの二種類のタイプがあった方が良いだろう。


「最初は貴族向けに売り出すのはどうですか? 貴族の間で評判になれば、良い宣伝になると思いますよ。それならたくさん作らなくても済みますからね」

「そうだね、やっぱりそうするのが良さそうだね。これだけ良い物だから、早く領民たちにも使ってもらいたかったけど、一歩一歩、着実に前進する方法を採るとしよう」


 そう言うと、さっそくダニエラお義姉様と一緒に計画を立て始めた。

 あの、アレックスお兄様? 俺がロザリアと交換したそのガラスペン、返していただけませんかね?


 しょうがないので、速攻でアレックスお兄様のガラスペンを作った。せっかくなので、ダニエラお義姉様と同じように最高級仕様にしよう。おやじギャグではない。できあがったガラスペンは喜んで受け取ってもらえた。


「ユリウス、早めに家族全員分のガラスペンを作っておいた方が良いと思う」

「奇遇ですね、私も今そう思ったところですよ。ロザリアも一緒に作るよね?」

「もちろんですわ!」


 こうしてロザリアと二人で、両親の分と、カインお兄様、ミーカお義姉様の分の合計四本のガラスペンを作り上げた。そうだ、いつもお世話になっているから、ライオネルとジャイル、クリストファーにもプレゼントしてあげよう。

 結局その日は一日中、ガラスペンを作ることになった。




 夕食の席ではその書き心地を試したお父様とお母様からずいぶんと褒められた。だがその一方で、あきれた目も向けられた。


「まさかガラスペンを作るために、専用の魔道具まで作り上げているとは。まったく、ユリウスには恐れ要るな」

「アハハ……」


 俺は乾いた笑いを返すことしかできなかった。だがそれはそれで良かったらしい。俺が作った魔石バーナーがなければ、そう簡単にはガラスペンを作ることができないだろう。それはつまり、しばらくの間は領地の特産品としてガラスペンを売りに出せるということである。


「ユリウスちゃん、国王陛下と王妃殿下にガラスペンを差し上げたいと思っているのですが、お願いできますか?」

「もちろんですよ、ダニエラお義姉様。注文している色ガラスが届いたら、すぐに作らせていただきますよ。その際に、デザインを考えるのに協力してもらえるとうれしいのですけれど」

「もちろんよ。何でも協力するわ」


 うれしそうにそう言った。ダニエラお義姉様との共同デザインなら、王族に失礼な物ができあがることはないだろう。「王家オリジナルモデル」とか言って、特別価格で売りに出すのも良いかも知れないぞ。ますます夢が広がるな。


「それにしても、ロザリアにもユリウスと同じくらいの才能があるとはな。ロザリアの今後が楽しみだ」

「そうですわね。ロザリア、ユリウスの悪い部分はまねしなくて良いからね~」


 お母様が何か失礼なことを言っているような気がするが、否定することはできなかった。悔しいけどその通りなのよね。つい、やり過ぎてしまうんだ。

 一方、そう言われたロザリアは俺の何が悪いのかが分からないようでしきりに首をかしげていた。これは……ロザリアの将来のためにも、しっかりと教えておくべきだろうか。


「まずは職人を雇う必要があるな。それから技術を教える。ああ、その前に工房の準備が必要か」

「そこは大丈夫です。ちょうど良さそうな物件があったので、すぐに購入して、現在改装中です」

「そうか。雪解けと共に売りに出したいところだな」


 お父様が満足そうにつぶやいている。どうやら俺の知らないところですでに動き出していたようだ。俺は経理ができないからね。精々できることと言えば、物作りくらいである。得意なこっち方面を頑張ろう。


 工房が完成すれば、ガラスペンの作り方を教えなければならない。それだけじゃないな。魔道具の作り方も教える必要があるだろう。魔法薬も作れると良かったのだけど、こちらは資格がないとダメだからね。下手すると毒を作ることになるし、仕方がないね。


「工房に設置する用の魔道具を準備しておいた方が良さそうですね」

「そうだね。ユリウスとロザリアにお願いしても良いかな? まだ人が集まっていないから、そこまで急ぎじゃないよ」

「分かりました」

「分かりましたわ!」


 ロザリアが元気良く答えた。頼りにされてとてもうれしそうである。これはあまり出しゃばらずに、なるべくロザリアに頑張ってもらうようにした方が良さそうだ。決して楽をしたいからじゃないぞ。ロザリアに自信をつけてもらうためである。


 必要な材料の手配をアレックスお兄様にお願いしてから部屋に戻る。何だかんだ言って、今日も忙しかったな。そんなことを思っていると、ファビエンヌ嬢から通信が来た。まさか、何かあったのかな?


「今晩は、ファビエンヌ嬢。何かありましたか?」


 努めて平静を装ってそう言った。内心では心臓がバクバク言っている。通信器による通話が心理的に大きな負担になることに初めて気がついた。


『今晩は、ユリウス様。あの、ハイネ辺境伯家からのお手紙が両親に来まして……その内容が私をユリウス様の婚約者にしたいというお話だったのです』

「話が早い……! それで、アンベール男爵夫妻は何と?」

『ユリウス様の婚約者になったと言われました』

「決断が早い」


 さすがは貴族。決断すればものすごい速さで物事が進んで行くな。本人の意志などそっちのけである。これがこの世界のやり方なのだ。早く俺も慣れないといけないな。

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