第281話 広がる夢
せっかくアレックスお兄様たちが集まっているし、デートのときに気になったことを聞いてみることにした。
「アレックスお兄様、昨日、庶民向けの雑貨店で魔法薬が売っているのを見かけたのですが、あれは大丈夫なのですか?」
「何だって? うーん、あまり良いことではないかな。魔法薬は用途を間違えると大変なことになる可能性があるからね」
アレックスお兄様の言う通りだ。極端な話、毒にやられているのに、ひたすら回復薬を飲む人だっているかも知れないのだ。それでは毒は治らない。それに、売られている魔法薬が本物かどうかは一般人には分からないのだ。鑑定ができる俺は分かるけどね。
「基本的には用途をきちんと説明できる魔法薬店でしか売らないように通達しているんだけど、どうやらあまり守られていないみたいだね」
「やはりあまり良くない行為だったのですね。一般的に売られている魔法薬よりも値段は安かったですけど、そのぶんだけ品質は良くなかったです。一応、本物の魔法薬でしたけどね」
アレックスお兄様が渋面になっている。次期当主として、領都でそんな勝手なことをされていたらそんな顔にもなるか。でも話を聞く限りでは通達止まりで、何らかの刑に処されることはないみたいである。
やっぱり刑罰を与えることになると反発が起きるのかな? 魔法薬が欲しくても、お金がなくて買えない人もいるだろうしね。困ったものだ。領民がもっと豊かになればこの問題も解決するのに。
「今のところは定期的に店を回って、危険な魔法薬が売られていないかを調査するしかないね。領主が調査していると分かれば、悪質なことはしないだろう」
「貧しい人たちにも魔法薬が行き渡るようになれば良いのですけどね」
「そうだね。領地は少しずつ豊かになりつつあるけど、まだまだだね」
庶民に幅広く流通させるには大量生産してコストを削減するしか方法がないだろう。そのためには工業化が必要不可欠になる。今の技術力でもできるけど……それにはまだ早すぎるかな?
やはり今できることは、地道に領地を豊かにすることだな。その一歩がハイネ辺境伯家専属の商会の設立である。この商会から色んな製品を売り出して利益を上げる。
商会では物作りもするため人を雇う。出来上がった商品を領内、領外に売り出してお金を稼ぐ。そして稼いだお金を領民に還元する。それを繰り返していくうちに、工業化することができるようになるかも知れない。
そのためにはもっともっと新しい商品を売り出さないといけないぞ。そうなると、これから作るガラスペンは重要な意味を持ってくる。
ガラスペンは魔法薬でも、魔道具でもない工芸品である。つまり、技術さえ身につければだれでも作ることができるのだ。これがうまく行けば、今度は万年筆だ。夢が広がるな。
ユリウス印の魔法薬を売り出せば多大な利益を上げることができそうだけど……それをやると、魔法薬ギルドから恨まれるかも知れない。魔法薬ギルドが衰退するのは本意ではないからね。
サロンから工作室に移動すると、さっそくガラスペンの作製に入った。今日の剣術訓練はお休みだ。まずは早いところ形にして、アレックスお兄様を安心させないといけない。そうでないと、アレックスお兄様の胃に穴があいてしまうだろう。
そうだ、良く効く胃薬を作って差し入れしよう。これで少しはマシになるはずだ。
ガラスペンを作るにはガスバーナーが欲しいけど、そんなに都合良く燃焼性のあるガスなんてない。そこで、まずは魔道具のバーナーを作ることにした。
火が出る魔法陣を改良して、一点に火力が集中するようにする。それほど大きな火にする必要はないので、燃費はものすごく良いはずだ。
分厚い鉄板を加工して円筒形を作り上げる。それを土台に固定して完成だ。筒の先端に魔法陣を組み込み、そこから炎が出るようになってる。台座が接地面から浮き上がると炎が止まる仕組みにしてあるので、万が一倒れたときにも大丈夫である。
「試作機は完成したぞ。それではさっそく試してみようかな」
「ユリウスお兄様、それは何ですか?」
「これはね、テレレレッテレ~、魔石バーナー!」
パチパチパチ。ネロとロザリアとミラとリーリエが拍手をしてくれた。そういえば、いつの間にロザリアとミラとリーリエが工作室に来たんだ? 集中しすぎて気がつかなかった。
「このスイッチを押すことで火がつくんだよ。ポチッとな」
ゴオ、と勢いよく五センチほどの炎があがる。炎の色は赤。この色なら大丈夫だろう。下手に高温の青い炎なんかにしたら、素材として作っている鉄が溶けちゃうからね。
少し上部の金属部分が赤くなっているが、直接炎が接しているわけではないので何とか耐えてくれるだろう。
「熱そうですわ」
「熱いから触っちゃダメだよ。これを使ってガラスを加工するんだよ」
魔道具を作るための素材として準備してあったガラス棒を何本か持ってくると、そのうちの一つを炎に近づけた。赤く柔らかくなったところで、別のガラス棒にくっつけた。
こんなとき『クラフト』スキルは便利である。初めてやるのにイメージ通りにガラスを加工してくれた。手に持ったガラスがまるで意識を持っているかのようにヌルヌルと動き出す。
それほど苦労することもなく、イメージ通りのガラスペンが完成した。あり合わせのガラスで作ったので色は微妙である。これは自分用にしよう。
「こんな感じかな?」
「すごい」
「すごいです」
「ネロ? リーリエ?」
ネロとリーリエが信じられないものを見たかのように目を大きく見開いている。さすがは兄妹。その顔は全く同じであった。
それを見たロザリアとミラは「どうだ」と言わんばかりに胸をそらせていた。ガラスペンを作ったのは俺だよね? 何で二人がドヤ顔をしているのか。
「お兄様、次は私がやってみたいですわ!」
「キュ!」
「分かったよ、ロザリア。ミラは無理だからね」
「キュ~!」
ミラが遺憾の頭突きをしてきたが土俵際で踏ん張った。ミラのその小さな手ではさすがに無理だからね? しょうがないので俺がミラの手を上から握ることで、何とかごまかした。ガラスペンを作ったのはほとんど俺の力である。
でもミラが満足した様子だったのでヨシ。
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