第280話 落ち着いて聞いて下さい

 指輪の機能についていつ話すのか。今でしょ。と言うわけで、指輪に備わっている通信器機能について話した。もちろん発信器機能がついていることは伏せてある。

 必要に迫られたときでないと使うつもりはないからね。それまで黙っておこう。


『まさかこの古代文字にそのような機能があったとは思いませんでしたわ』

「私もちょうど今、調べたところなのですよ。どうやら私たちが購入した指輪が、運良く、通信器機能が使える指輪だったみたいですね」


 ニッコリ。「運良く」の部分を特に強調した。あ、ネロが「私は何も聞いてません、見てません、ここにいません」みたいに壁の現代アートになっている。そしてここにロザリアとミラがいなくて助かった。神に感謝。


『それでは、この通信器機能がついているのはこれだけなのですね』

「その可能性が高いと思います。もしかすると、同じように偶然機能するものがあるかも知れませんが」


 ごめんねファビエンヌ嬢。ウソです。俺が仕込まない限り、同じ性能を発揮することはありません。忘れずに口封じをしておかないと。


「ですから、このことはあまり表に出さない方が良いかと思います。下手すると、研究のため、とか言われて、指輪を取られるかも知れません」


 ハッと息を飲むような音が指輪から聞こえたような気がした。どうやらファビエンヌ嬢にクリティカルヒットしたらしい。おそろいの指輪、大事だよね。握りしめて俺のことを思うくらいだもんね。


「えっと、使い方についてですが、指輪を握りしめて、話したい相手のことを強く思えば通信器機能が使えるみたいになるようです」


 ハッと息を飲むような音が指輪から聞こえたような気がした。すぐそのあとには「柔らかい何か」をバタバタとする音が……どうやら、自分が何をしていたのかが俺に伝わっていることに気がついて、悶絶しているようである。かわいい。その姿を生で見たかった。


 そして本当に申し訳ないが、もう一つ大事な話題がある。ファビエンヌ嬢にトドメを刺すことになりかねないが、ここで言っておいた方が良いだろう。


「ファビエンヌ嬢、どうか落ち着いて聞いて下さい」

『な、何ですの?』


 警戒するかのようなこわばった声が指輪の向こうから聞こえて来た。


「ファビエンヌ嬢との婚約の話を両親とアレックスお兄様にしました。反対意見は一切なかったので、そのうちアンベール男爵家にお話が行くと思います」

『はえ!? ちょ、ちょっとユリウス様、私、心の準備がまだ』

「正式な書面がそちらに届くまで、まだ数日はかかると思います。それまでに心の準備をしておいて下さい」

『わ、分かりましたわ。本気、でしたのね』


 恥ずかしそうな、艶やかな声が返ってきた。きっと向こうでは赤面しているんだろうなぁ。通信器機能だけじゃなくて、ビデオ通話機能もつけておくべきだったか。


「何を言っているのですか、ファビエンヌ嬢。私はいつも本気ですよ」


 はあ、とあきれたようなため息が聞こえてきた。なんでや。俺がいつも適当なことばかり言ってるみたいじゃないですか、やだー。……いや、あながち間違いないのかな? アハハ……。


 そのあとは今日のデートでの楽しかったことをお互いに話して通信を終えた。まさかこんなに早く隠し機能がバレるとは思わなかったが、結果オーライである。


「これでよし。どうなるかと思ったけど、順調に進みそうだな」

「それは大変喜ばしいことです」


 どうやらネロは何も見なかったことにしてくれるようである。さすネロ。ネロが入れてくれたお茶を飲みながらダラダラしていると、夕食の準備が整ったとの声がかかった。




 翌日、朝食を終えるとアレックスお兄様にサロンへと呼び出された。

 一体、何事だろうか。昨日の婚約についてのことかな? 正式に屋敷のみんなに報告するつもりなのかも知れない。でもちょっと早すぎないかな。まだアンベール男爵家には連絡が行ってないよね?


「ユリウス、なぜここに呼ばれたのか分かりますか?」

「いえ、あの?」


 なぜかそこにはアレックスお兄様だけでなく、お母様とダニエラお義姉様、ロザリアの姿があった。もちろんロザリアに抱きかかえられたミラもいるぞ。こうなるとなぜ呼ばれたのかがサッパリ分からないな。何か女性に関することをやらかしたっけ?


「これに見覚えがあるよね?」


 そう言ってアレックスお兄様が差し出したのは、俺が雑貨店で適当に描いたガラスペンの設計図だった。どうやらあのあと、ネロがそれを回収して、問題が大きくなる前にアレックスお兄様に渡したようである。


 ネロ君、キミ、俺が問題を起こすこと前提にして動いているよね? もしかして、昨日の夜の「指輪の秘密の件」で過剰な反応を起こしているのかな? ホッホッホ、私はそう簡単に問題ばかり起こしませんよ。


「羽根ペン、付けペンだけでなく、第三のペンとしてガラスペンがあっても良いのではないかと思って設計したのですよ」


 悪いことなど何もしていませんが、何か? みたいな顔でニッコリと笑いながらそう言った。負けじとアレックスお兄様もニッコリと笑っていない笑顔を返して来た。


「初めて見る形をしているんだけど、本当にペンとして使えるのかい?」

「それは作ってみなければ何とも言えませんね。まだ思いついただけなので」


 両手を上げて「分かりません」のポーズをする。もちろんウソである。地球ではガラスペンが存在しており、高性能であることも知っている。一度インクをつければ、何枚もの手紙を書くことができる優れものだ。


「なるほどね。まだ思いついただけ、か。それじゃユリウス、さっそく何本か作ってもらえないかな?」

「ユリウスお兄様、私も欲しいです!」


 ロザリアとミラが手を上げた。なるほど、二人はたかりに来ていたのか。だがミラのかわいいお手々では使えないんじゃないかなー?


「分かりました。アレックスお兄様とダニエラお義姉様、お母様とロザリアとミラの分だけでよろしいですか?」

「いや、念のため、お父様とカインとミーカ嬢の分も頼むよ」

「分かりました」


 家族全員分じゃないか。それに加えてファビエンヌ嬢とアンベール男爵夫妻の分も作るので、中々の作業になりそうだ。全部同じだとつまらないだろうから、種類も変えないといけないし。

 そんなことを考えながら、ネロに色ガラスの手配を頼んでおいた。工作室にはすでにいくつかの色ガラスがあるので、まずはそれで試しに作ってみるかな。

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