第279話 家族会議
俺たちが乗る馬車は無事にハイネ辺境伯家へと到着した。人相の悪い人に襲われるようなテンプレ的な展開がなかったことにホッとする。
それもそうか。ハイネ辺境伯領は治安がものすごく良い。王都と同じくらいか、下手すれば王都以上の治安の良さである。ダニエラお義姉様がハイネ辺境伯家へ嫁ぐことが許されたのも、それが一つの要因になっているのかも知れない。
「お帰り、ユリウス。問題は起こさなかったかい?」
迎えてくれたのはアレックスお兄様である。その優しい笑顔の裏にはどこか俺を警戒しているような節があった。お兄様、もしかして俺を歩く爆弾のように、思っていないですよね?
「もちろん何の問題も起こしていませんよ。そうだよね?」
俺はネロたちを振り返った。一応、三人ともうなずいているようだったが、何だかぎこちない。まさか、指輪に細工をしていることがバレた? いや、そんなはずはないだろう。だとすると、あれか。
「何かあったみたいだけど?」
「えっと、あの、ファビエンヌ嬢に私との婚約を考えてもらえませんか的なことを言いました」
「うん。すぐに家族会議だね」
にべもなくそう言われた俺は、宣言通りすぐにお父様がいる執務室へと連れて行かれた。疲れているので少し休ませて……は無理そうだな。すぐにお母様も呼び出された。
執務室には四人の顔があった。
「なるほど、大体分かった」
そう言うお父様の顔はどこかホッとしたような顔をしている。お母様も澄ました顔で、使用人が用意してくれたお茶を飲んでいる。どうやら反対ではなさそうである。
「ファビエンヌ嬢なら問題ないと思いますが」
お父様の様子をうかがうようにアレックスお兄様が言った。それに対して、お父様は深いうなずきを返した。
「そうだな。アンベール男爵家には今、嫡男がいない。このままいけばユリウスが次期アンベール男爵になるだろう」
「でもアンベール男爵の間に子供が生まれて、それが男の子だったら……ちょっと困るわね」
口元に扇子を当てて考え込んでいる。ファビエンヌ嬢の両親はまだ若い。これから子供が増える可能性は多いにある。そのときにもめる可能性があるのか。それならば。
「もし嫡男が誕生したら、私は身を引きますよ。魔法薬を作れるので、平民になっても生きていくことができますからね」
俺がそう言うと、三人が盛大なため息をついた。あれ? まずい意見だったかな? 別に問題はないと思ったんだけど。むしろ、これが一番の解決策だと思っていたんだけど。
「そうはいかん。ユリウスを野放しにするわけにはいかないのだ」
何その首輪がないと危険な犬みたいな扱いは。俺にだってやって良いことと、悪いことの区別くらいつくぞ。ムッとしていると、お母様が頭を優しくなでてくれた。
「あなたの後ろ盾が必要なのよ。平民だと、どんな悪い人たちに目をつけられるか分からないわ」
確かにその可能性は十分にあるな。平民で有能な人物がいれば、それを利用しようとする人はいくらでも湧いてくるだろう。それは困る。
「もしユリウスが男爵家を継ぐことができない場合は、新しく家を興すしかないな」
「そうね、そうするしかないわね」
「私からダニエラ様を通して、国王陛下にそのことを伝えておきます」
「そうしてちょうだい。国王陛下もユリウスを手放すようなことはしないでしょうからね」
おっと、本人をそっちのけで話が進んでいるぞ。そしてアンベール男爵家もそっちのけで話が進んでいる。すでに向こうが俺を受け入れることが決まっているかのようである。
これは早まったかも知れない。先にあちらにうかがいを立てるべきだったか。
でも家を新しく興すって……辺境伯の都合で簡単に貴族を生み出すことができるのかな? そんなことになったら、辺境伯家に貴族になりたい人たちが殺到することになるぞ。
そんなことを思っているうちに執務室から追い出された。ひどい。当事者なのに。
「はぁ。俺がまいた種とはいえ、とんでもないことになってきたぞ」
「一体何があったのですか?」
部屋に戻ると、思わず愚痴が出てしまった。うーん、ネロなら話しても大丈夫かな? たぶん、俺が辺境伯家から離れることになっても付いて来てくれるだろうし。俺は包み隠さずに先ほどの話をした。
「そのようなことがあったのですね。ユリウス様の実績なら、このまま辺境伯家に居続けることになったとしても、新しい家名をもらえると思いますけどね」
「そんなに簡単にもらえるものなの?」
「とんでもない!」
そう言って「何言ってんだこの人」みたいな目でネロがこちらを見てきた。ちょっと傷ついたぞ。そのとき、俺の左手の薬指に付けていた指輪がブルブルと振動し始めた。これは通信器機能が作動した反応。
あれれ、おかしいぞ。ファビエンヌ嬢には使い方を教えていないはずなのに。でも使い方はそれほど複雑じゃないから間違って使った可能性もあるのか。
やり方は指輪を握りしめて、話したい相手のことを強く思うこと。そうすれば勝手に指輪が体内の魔力を使って通信を行ってくれるのだ。
……つまり、そう言うことだよね。
「ネロ、これから見たことは他言無用にするように」
「わ、分かりました」
いつになく強い俺の口調に、ネロの顔がこわばった。まだこの秘密の機能を知られるわけにはいかないからね。俺は拳を握り、指輪に魔力を送った。
「あー、あー、聞こえますかー、聞こえますかー?」
『えええ!? 今、ユリウス様の声が聞こえたような……気のせいよね?』
「気のせいではありませんよー」
『ちょ、どうなってますの!? 指輪!? 指輪から声が聞こえますのね!?』
ファビエンヌ嬢が慌てふためいている様子が目に浮かんでしまい、思わず吹きだしてしまった。
『ちょっとユリウス様! 笑い事ではありませんわ。どうなっておりますの! もうもう!』
バタバタと音がする。どうやら枕かクッションをバタバタさせているようである。
「ごめんごめん。今は一人ですか?」
『ええ、一人で部屋におりますわ。これから本を読もうとしていたところですわ』
「ちょうど良かった。この機能はまだ内緒にしておいて欲しいんだ」
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