第278話 求む、ロマンスの欠片

 ファビエンヌ嬢はうつむいたまま、俺は素知らぬ顔をして、バーゲンセール状態になっている風邪薬売り場を通過する。


「さすがはファビエンヌ嬢ですね。私の目に狂いはなかった」


 自信たっぷりにそう言った。まるで「ファビエンヌ嬢は俺が育てた」とでも暗に言っているかのように。


「ユリウス様……恥ずかしいですわ」

「どうしてですか? とっても誇らしいことだと思いますけど?」

「もう! 私をからかっていらっしゃるでしょう!?」


 ぷう、と膨れるファビエンヌ嬢。確かに少しはそんな気持ちもあった。だがそれよりも、俺は誇らしい気持ちで一杯だった。ファビエンヌ嬢の実力が目の前で証明されているのだ。誇らしくないハズがない。


 ……ちょっと待って欲しい。そう言えばまだ、俺たち婚約者にもなってなかったな。恥ずかしいことに、すでに俺の中ではファビエンヌ嬢は婚約者になっていて、将来結婚することになっていた。妄想って怖い。そしてそう思っているのが俺だけだったらもっと怖い。


「あの、どうかなさいましたか? もしかして、ご機嫌を損なわせてしまいましたか?」


 ファビエンヌ嬢が今にも泣き出しそうな顔をして聞いてきた。これはまずい。そんなつもりは全然なかったのだ。ここは――正直に言うべきだろうか?


「ファビエンヌ嬢、もし、もし良かったらで良いのですが、私の婚約者になることを検討してもらえませんか?」


 俺の突然の告白に、ファビエンヌ嬢が真っ赤に燃え上がった。ネロやジャイル、クリストファーが目を大きくしている。やっちまったぜ。

 早まったことにすぐに気がついた。こんな魔法薬を売る店で告白するだなんて。ムードもへったくれもないぞ。最低な男だな、俺は。


「ゆ、ユリウス様が私でも良いと言うのであれば、私は別に……」

「ファビエンヌ嬢でも良い、じゃなくて、ファビエンヌ嬢が良いんですよ。そんなに自分を謙遜しないで下さい。ファビエンヌ嬢は素敵な女性ですよ」


 ちょっとムッとしてしまい、語気が強くなってしまった。ファビエンヌ嬢が潤んだ瞳でこちらを見上げた。俺は先ほどの人だかりを指差した。


「あの人たちを見て下さい。あなたの魔法薬を求めてここへやって来ているのですよ。ファビエンヌ嬢にはあの人たちを幸せにする力がある。それは素晴らしい力ですよ。もっとも、私はそれだけが理由でファビエンヌ嬢が好きなわけではないですけどね」

「はうう」


 しまった! ナチュラルに「ファビエンヌ嬢が好き」って言ってしまった。あ、ネロたちが「私たちは何も聞いていません」みたいな顔をして明後日の方向を向いている。すまんな、ロマンスの欠片もなくて。そのおっぱいが好きです、とでも言えば良かったかな? いや、ダメか。


 真っ赤になって今にも頭から白い湯気を出しそうなファビエンヌ嬢の手を引いて、店内を進んで行く。目的は領都で売られている魔法薬のチェックなのだ。おろそかにしてはならない。

 告白するなら馬車の中でするべきだった。だが今さら気がついてももう遅い。


「ふむ、初級回復薬はまだゲロマズか。どうやらまだ、王都からの作り方が流れて来ていないみたいだな」

「ユリウス様が考案した作り方が早く広がるといいですね」


 店の中をウロウロしたおかげで正気を取り戻したファビエンヌ嬢が、まだ顔を少し赤くした状態でゆるりと笑う。


「そうだね。もどかしいけど、今は我慢だ。謎の魔法薬師が作ったと言って納品しようかな?」

「そんなことをすれば、また騒ぎになりますわよ」


 少しあきれ気味のファビエンヌ嬢と笑い合う。確かにその通りである。風邪薬でアレなのだ。他の魔法薬もとなれば、店内が常に閉店セールのようなにぎわいになるだろう。下手すると、隣の領地からも買いに来るかも知れない。そうなると、利害関係でもめることになる可能性だって十分に考えられるのだ。


「なかなかうまくは行かないね」

「そうですわね。でも焦る必要はありませんわ。地道に毎日、歩みを止めなければ良いのですわ」

「ふふ、その通りだね」


 そうだった。俺一人ができることなど高が知れている。それならば、周りのみんなと歩調を合わせて進めば良いのだ。俺はまだ十歳だし、時間にはまだまだ余裕があるはずだ。

 二人で売り物を見て回る。やはりどれも品質が悪いな。それに品ぞろえもあまり増えていない。新商品を開発する人がいないからだろう。


 それなら国王陛下から魔法薬師として認められた俺が……といきたいところだが、そう簡単にはいかなかった。俺が魔法薬師として認められているのは一部からである。多くの人に信頼されるためには、やはり学園を卒業しなければならないだろう。


 ファビエンヌ嬢も同じである。ハイネ辺境伯家からの信頼できる魔法薬として、彼女の作った魔法薬を売りに出しているが、本来なら勝手に魔法薬を売りに出すことはできない。

 先はまだまだ長そうである。これは簡単には死ねないな。


「今日はとても楽しかったですわ」


 馬車に戻り、帰路についた。馬車が進み出すと、ファビエンヌ嬢がホッと一息ついた。


「そう言ってもらえて良かった。初めてのデートだったから、不安になっていたところだよ」

「え? そうでしたの!? 私はてっきり……」


 どうやらアレックスお兄様に教えてもらった紳士的なエスコートがかなり効いていたようである。初めてとは思えないほどの自然さだったのだろう。ちょっと自信がついたかな。

 他にも王都で社交界用のマナーを学んだことも大きかったことだろう。あの地獄のマナー講習が無駄にならなくて良かった。


 馬車が止まった。どうやらアンベール男爵家に到着したようである。外はもう夕暮れが迫って来ていた。あっという間のデートだったな。人生初デート。ただし、年齢は子供だ。

 本日最後のエスコートでファビエンヌ嬢を馬車の外へと導いた。


「お父様、お母様、ただいま戻りましたわ」

「お帰り。粗相はしなかったかな?」

「もう、もちろんですわ。そんな子供ではありませんわ」


 プンプンとファビエンヌ嬢がほほを膨らませた。そんなところはまだまだ子供だな。そんな様子をご両親がほほ笑ましそうに見ていた。


「本日は娘がお世話になりました」

「いえ、とんでもありません。楽しい時間を過ごさせてもらいました」

「それは良かった」


 その後、二、三の会話をして、アンベール男爵家から辞去した。そして帰りの馬車で気がついた。

 ファビエンヌ嬢に指輪に施した細工の話をしていないな。こっそりと二人だけの秘密にするつもりだったのに。ま、いっか。そのうち話せばいいや。

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