第277話 魔道具と魔法薬
馬車に乗り込んだ俺たちは次の目的地である魔道具店へと向かった。ここは俺の希望である。このあとは魔法薬店にも寄るつもりなので、なるべく手短に魔道具を観察しないとね。
ここのところ忙しくて新製品のチェックがおろそかになっている。今のトレンドを知るべく、調査は必要不可欠だ。
領都で一番大きな魔道具店へと入って行く。もちろんファビエンヌ嬢をしっかりとエスコートするのも忘れない。そのままグルリと一回りした。
「うーん、あまり目新しい魔道具はなかったかな」
「新しい魔道具を開発するのには時間がかかると聞いたことがありますわ。確か、一つの魔道具を作るのに最低一年。長いと十年近くかかるとか」
「へ、へぇ」
こりゃ「へぇ」としか言いようがないな。俺は一ヶ月、下手するとその日のうちに魔道具を作ったりするからね。まったくの論外である。こりゃその辺の魔道具師と一緒にするのはダメだな。ロザリアも含めて。
それができるのも、ハイネ辺境伯家の財力があってのことなんだけどね。民間だと先の見えない魔道具開発にお金を投資し続けるのは厳しいだろう。俺は先が見えてるから遠慮なく突き進むけどね。
ネロが俺の方を驚愕の瞳で見ているのが印象的だった。どうやら「普通の魔道具師」を知らなかったようである。奇遇だな、俺もだよ。
「ユリウス様は魔道具を作るのにどのくらいの時間がかかるのですか?」
「ん?」
俺とネロの態度に何やら不穏な空気を感じ取ったようである。ファビエンヌ嬢が小首をかしげながら聞いてきた。その目は緩やかにカーブしていたが、額面通りに笑ってはいないようである。
「えっと、半年くらいかな?」
「ユリウス様、差し出がましいようですが、ファビエンヌ様には正確な情報を提供した方がよろしいかと思います」
やっぱりそう思う? 結婚してから「こんなハズじゃなかった。離婚します」ってなったら非常に困るからね。ここは覚悟を決めて言うしかないな。
「ここだけの話ですが……」
「も、もちろんここだけの話にしますわ」
俺はファビエンヌ嬢の耳元に小声で話しかける。ファビエンヌ嬢の耳が少し赤くなっている。ここでフーフーしたら殴られるかな? グーで。
「早ければその日のうちに完成します」
「その日!?」
慌ててファビエンヌ嬢が自分の口を手で塞いだ。目がまん丸になっている。どうやら非常に驚いたようである。これが普通の人の反応か。よく覚えておこう。俺は心のファイルに今のファビエンヌ嬢のかわいらしい仕草を保存した。
馬車に戻った俺たちは次の目的地に向かう。目指すは領都で一番大きな魔法薬店である。ここは二人がどうしても行きたかった場所の一つである。ちなみにそのすぐ隣には領都の魔法薬ギルドがあるぞ。
「ユリウス様がすごい魔道具師であることは知っているつもりでしたが、まだまだ知らないことだらけでしたわ」
「いやいや、俺なんて大したことないですよ」
謙遜した俺をファビエンヌ嬢が半眼で見ている。それはどう考えても無理があるだろうとでも言いたそうである。ちなみに他のみんなも同じ目をしている。くっ、俺に味方はいないのか。
「王都にいる間にも何か新しい魔道具をお作りになったのですか?」
「氷室を作って来ましたよ」
「氷室?」
「はい。魔法薬の素材を長期間保存するためにどうしても必要だったのですよ。部屋を氷ができるくらいまで冷やすことで、素材の劣化を防ぐことができます」
なるほど、とうなずくファビエンヌ嬢だったが、口元に手を当てて何やら考え込んでいる。もしかして自分の家にもあったら良いなと思っているのかな? 魔法薬を作る者としては素材の鮮度がとても大事だからね。
「良ければファビエンヌ嬢にも一つプレゼントしましょうか? さすがに倉庫サイズは大きすぎると思うので、部屋に置けるくらいの小型になると思いますが」
「よろしいのですか!?」
パッとうれしそうに顔を上げた。うお、まぶしい。これがまばゆいばかりの笑顔と言うやつか。直撃すると光を浴びたヴァンパイアのように灰になりそうだ。浄化の光かな?
「もちろんですよ。ちょうど我が家にも一つ作ろうと思っていたところですので」
ニッコリと余裕の笑顔を返すが、心臓は今にもはじけそうなくらいにドキドキしている。このまま心臓が破裂して死ぬかもしれん。そのときはネロ、あとは任せたぞ。
次の目的地へと進む馬車の中で、これから領都で広めようと思っていたドライフルーツを出した。
「ファビエンヌ嬢、良かったらどうぞ」
「これは……もしかしてドライフルーツですか? こんなに種類があったのですね。知りませんでした」
「まだ一部しか出回っていないみたいですからね。そのうち量産体制が整って、気軽に食べられるようになりますよ」
俺の意味深な発言と笑顔に、勘の良いファビエンヌ嬢は気がついたようである。一瞬、目を見開いたが、すぐに緩やかなカーブを描いた。
そう。ドライフルーツはハイネ辺境伯家が商会を作って、領地の特産品として売りに出すことになっているのだよ!
「ドライフルーツはユリウス様が開発したのですね」
「何で分かったんですか!?」
まさか開発者が俺だとバレるとは思わなかった。販売元がハイネ辺境伯家だということに気がついてもらえるとは思っていたけど。鋭いな。
「やっぱりそうでしたのね。別に驚くことでもないと思いますけど……。だって領内で評判になるものはすべてユリウス様が開発したものばかりでしょう?」
う、確かにそうかも知れない。ジャイルとクリストファーも「お前は今さら何を言っているんだ」みたいにうつろな目をしてる。ネロにいたっては目がランランと輝いて「やっぱりそうなのですね。さすユリ」みたいな顔になっている。
ここまでネタがバレているのなら隠してもしょうがないな。俺はドライフルーツができるまでの経緯を話した。その際、テンションの上がったネロが、俺が数分で魔道具を作りあげたことを話すと、ファビエンヌ嬢がどんな顔をしたら良いか分からない顔をしていた。笑って流してくれても良いんだよ?
馬車が止まり、護衛の騎士が報告に来た。
「ユリウス様、到着いたしました」
「ご苦労。それでは行きましょうか、ファビエンヌ嬢」
「はい」
慣れた手つきでファビエンヌ嬢をエスコートする。ファビエンヌ嬢の固さもなくなっている。初々しさがなくなってちょっと寂しい。まあそれは俺も同じかも知れないな。
馬車を降りると店の前には列ができていた。長蛇、と言うわけではないが、特売品に群がるお母様方のようである。
「何かあったのか?」
「それが、どうやら魔法薬の入荷待ちをしているみたいですね」
「こんな時間に?」
時刻はすでに午後三時を過ぎて、四時になりつつある。こんな時間に入荷する魔法薬とは一体。興味が出てきたので少しのぞいてみる。のぼりにはデカデカと「甘い風邪薬入荷しました!」と書いてあった。
なるほど。ここにいる方々はファビエンヌ嬢が作った風邪薬が届くのを待っていたのか。ニヤニヤしながらファビエンヌ嬢を見ると、それに気がついたのか真っ赤な顔をしてうつむいた。そしてギュッと手を握りしめてきた。
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