第276話 秘密の力
今日は少し暖かく、お出かけ日和だった。日が昇るにつれて、大通りを行き交う人もますます増えているようだ。
午後からはいよいよ本日のメインイベントの一つ、宝石店に向かう。最初に行くべきか、最後に行くべきか。ファビエンヌ嬢にはゆっくりと選んでもらいたいから、最初が良いかな。
「ファビエンヌ嬢、食事が終わったら宝石店に向かおうと思っているのですが、先に行きたい場所があったりしますか?」
「い、いえ、ユリウス様の予定通りで構いませんわ」
少し赤くなってうつむくファビエンヌ嬢。やはり女性にとって宝石のプレゼントは特別な物のようである。これはガッカリさせるわけにはいかないな。気合いを入れてファビエンヌ嬢の動きを観察しておかないと。
昼食のデザートも食べ終わり、おなかがこなれたところで宝石店へと向かった。
そこはダニエラお義姉様に教えてもらった宝石店である。なんでも、つい最近、王都から出店してきたそうである。王都ではだれもが知る、超有名なお店だそうだ。もちろん俺は知らない。
真新しい、金属製の扉の向こうにはきらびやかな世界が広がっていた。
店内は決して広くはない。だが、壁にいくつも鏡が並んでいるからなのか圧迫感はなかった。見回してみると、どうやら子供は俺たちだけのようである。
ちょっと浮いてる気がするが……男は度胸。何でもないような顔をするのだ。
「初めてきましたわ。王都でも有名なお店だと聞いています」
「さすがファビエンヌ嬢。知っていましたか」
さも「自分も知ってましたよ」感を出しておいた。宝石に興味がないと思われるのは良くない、とアレックスお兄様が言っていた。気をつけないと。
「気になったのがあったら遠慮なく言って下さいね」
「ええ、分かりましたわ」
どこか遠慮がちにそう言った。その仕草が気になった俺はチラリと値段を見た。高い、のかな? 普段は宝石には興味がないので分からない。その辺りに売っている魔道具よりかは高いことは分かるけどね。
店内をグルリと見て回る。ネックレス、指輪、イヤリング。それに腕輪もあるぞ。髪飾りもあるな。店内のお兄様方や奥様方からはほほ笑ましいものを見るような目で見られた。
もしかして冷やかしに来ていると思われたのかな? 俺は本気で買うつもりだぞ。
ファビエンヌ嬢と話しながらショーウインドーを見ていると、指輪のゾーンで動きが止まった。素早くファビエンヌ嬢の視線をチェックする。どうやら何か文字が彫られた指輪を見ているようだ。それもペアのやつ。
つまりアレだな、俺とペアルックの指輪が欲しいというわけですな? OK、把握した。
「あの指輪を見せてもらいましょう」
「え? ええ、そうですわね」
気づかれるとは思っていなかったのか、ちょっと動揺するファビエンヌ嬢。実に庇護欲を駆り立てられるな。店員を呼んで取り出してもらう。
紺のビロードの上に乗った二つの指輪は金をベースにして作られており、中央を半周している平たい溝には何やら文字のような物が書かれていた。
「変わった模様が入っていますわね」
「これは古代遺跡で見つけた文字を彫り込んでいるのですよ。一つ一つ我が社の職人が作製しているため大量生産はできませんけどね」
さりげなく店員が希少価値をアピールしてきた。値段はまあまあ、と言ったところかな。宝石がついていないので値段は抑えめである。
しかし古代文字が彫り込んであるのか。何か特殊な効果があるとかなら良かったんだけど、そんなことはなさそうだ。もしあるなら、アピールしてくるはずだからね。
ジッと指輪を観察する。そのときピンときた。これは使えるのではないだろうか? このおそろいの指輪に「発信器機能」と「通信器機能」をつければ、ファビエンヌ嬢に万が一のことがあったときに役に立つぞ。俺がファビエンヌ嬢の居場所を常に監視することができるという、「嫉妬深い男」のようになってしまうのが難点だが。でもそのくらい、ファビエンヌ嬢の安全に比べれば誤差だよ、誤差。
何より都合が良いのは古代文字が彫られているところだ。何かあれば、すべてこの文字のせいにすれば良いのだ。何という完璧な作戦。ファビエンヌ嬢が気に入っているところもポイントが高い。
「せっかくだからつけてみようか」
「そうですわね」
この指輪は完全なリングになっておらず、サイズがある程度自由に調節できるようになっていた。ファビエンヌ嬢がこれを選んだのはそのためでもあったようだ。
指輪が欲しいけど、成長すると指のサイズが変わる。そうなるとつけられない。でもこれなら大丈夫。そんなところだろう。
お互いに薬指に指輪をつけたところで手をかざす。
「うん、なかなか良いね」
「うふふ、おそろいですわね」
めっちゃうれしそう! 俺が前回、おそろいのネックレスをプレゼントしたときも喜んでくれたもんね。これは買うしかないな。値段もお手頃価格だし、派手すぎず、しかも小細工もできる! ンー、素晴らしい!
「これを購入するよ。もちろん二人分ね」
「よろしいのですか?」
ファビエンヌ嬢がパアッと顔を明るくしている。その顔が見たかった。ニッコリと笑顔を作ると、「これぞ紳士」と言った感じの、落ち着いた声を出した。
「もちろんだよ」
「ご購入頂き、ありがとうございます!」
店員がもみ手をモミモミしている。ネロに目配せして支払いをお願いする。これでもうこの指輪は俺たちのものである。あとはしれっと機能を追加するだけだ。だがここでファビエンヌ嬢がつけている指輪を取り上げるのは難しいだろう。それならば。
俺はだれにも分からないように細心の注意を払って、自分の指にはまっている指輪に、すでに彫り込まれている古代文字をベースにして「発信器機能」と「通信器機能」を付与した。その際、ちょっと指輪が光ったが、だれにもバレてはいない。ケッヒッヒッヒッヒ。
「ファビエンヌ嬢、その、あの、指輪を交換しませんか? その方が、その……」
「ももも、もちろんですわよ」
顔を赤くしたファビエンヌ嬢が指輪を差し出してきた。俺は「乙女心をもてあそんでごめんね」と心の中で土下座しつつ、先ほど付与した指輪をファビエンヌ嬢の薬指にはめた。
これでミッションコンプリートである。あとは俺の手元に来た指輪に同じ機能を付与すれば良いだけである。
代金を支払ったネロが戻って来たところで、俺たちは店を出た。
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