第275話 一緒に昼食を食べる

 庶民向けの雑貨店で売っているものは、貴族向けの店に比べて品質が下がるのは分かっていた。しかし、思っていたよりも品質が悪いという印象を受けた。


「ネロ、王都の雑貨店と比べて品質はどうなのかな。同じくらい?」

「そうですね……少し粗悪品の割合が多いような気がしますね」


 付けペンのペン先を見比べながらネロがそう言った。やはり領都に入って来るものは、王都よりもグレードが低かったか。

 羽根ペンは近くの森に生息するガチョウから作られるので品質はまだ良いが、金属製品は王都から仕入れて来るものが中心のようである。


 領都に製造所はないのかな? 帰ったらアレックスお兄様に聞いてみよう。もしなければ、領都に生産拠点を作った方が良いかも知れない。他にも紙やインクなんかも気になるな。


 アレックスお兄様、次期当主としてすることがてんこ盛りだな。すごいなー、憧れちゃうなー。手伝う気は毛頭ないけどね。まさに外道! だがそれがいい。外道だろうと、俺には物を売ったり管理したりするマネジメント能力はないのだ。足を引っ張るのが関の山である。


「ユリウス様、また何かたくらんでいませんか?」

「失礼な。厄介事を全部アレックスお兄様に丸投げしようと思っているだけだよ」

「それは……大丈夫なのですか?」

「ネロ、やらかしてはいないぞ」


 俺の真剣なまなざしにネロが黙った。間違いなくやらかしてはいない。だがアレックスお兄様へと負担は加速することになるだろう。

 なに、心配は要らない。アレックスお兄様にはダニエラお義姉様がついている。それに両親も健在なのだ。為せば成る。


「アレックス様も苦労していらっしゃるのでしょうね」


 眉をハの字に曲げたファビエンヌ嬢がしみじみとそう言った。あ、もしかして俺と結婚すると、とんでもないことになりそうだと思っちゃった!? それはまずい。穏やかな日々が過ごせることをアピールしなければ。


「心配は要りませんよ、ファビエンヌ嬢。アレックスお兄様は素晴らしいお兄様なので、この程度のこと、小指でチョイと片付けますから。私がすることなどありませんよ」

「そうなのですね。さすがはアレックス様ですわ」


 パチンと手をたたき、安心した表情を見せるファビエンヌ嬢。やれやれだぜ。この場は何とかしのげそうだ。

 庶民向けの雑貨店に来て良かった。まだまだ領都は発展できそうだぞ。


「ユリウス様、そろそろ移動するお時間になります」

「もうそんな時間か。ファビエンヌ嬢と一緒にいると時間があっという間に進んでしまうね」

「ユリウス様もですか? 私もですわ」


 馬車に戻り、次の目的地へと出発する。時刻はお昼時。アレックスお兄様たちに教えてもらった、領都で人気の料理店へと向かった。その店ではパンに様々な具材を挟んで提供しているそうである。要するにサンドイッチを売る店である。


 パンに色んな素材を挟んで食べる習慣はすでにあったが、商品として売りに出し始めたのは最近である。きっと当たり前すぎて、それが商品になるとはだれも思わなかったのだろう。


「並んでおりますわね」

「そうだね。でも予約を入れているはずだけど」


 俺たちが到着したことを店に告げに行ったネロが帰って来た。


「ユリウス様、二階のテラス席を用意しているそうです」

「分かったよ。それでは行きましょう、ファビエンヌ嬢」


 ファビエンヌ嬢に手を差し出して馬車から降りる。これもアレックスお兄様から教えてもらったことである。常に女性をエスコートすべし。さすがは女性の扱いに長けたお兄様の助言である。俺の動きもスムーズになってきたし、ファビエンヌ嬢もそれに慣れてきたようだ。


 二階のテラス席からは大通りが良く見えた。上から大通りを眺めるなんて、そうそうないぞ。大通りには薪を載せた馬車が行き交っている。冬支度も大詰めのようである。


「面白い眺めだね」

「思っていたよりも人が多いですわね。馬車に乗っているときはそれほどでもなかったのに」

「遠くまで見通せるからね。そう思うのかも知れない。それにしても、外の席なのにそんなに寒くないよね?」

「言われてみれば……あ、あそこに冷温送風機が置いてありますわ。こっちにも」


 うれしそうにファビエンヌ嬢がそう言った。ファビエンヌ嬢は冷温送風機を開発したのが俺だということを知っている。俺が作った商品が売れているのがうれしいのかな? そうだと俺もうれしいんだけど。


 それにしても、魔石代がすごそうだな。その分、テラス席は値段が高いのかも知れない。冷温送風機なら夏でも使えるので、一年を通じて活躍できそうである。

 すぐに運ばれてきた温かいお茶を飲んでいると、メインのサンドイッチが登場した。中央に串が刺さっている。これがなければ崩壊しそうなほどの高さがあった。どうやら三段重ねになっているようだ。


「すごいですわね」

「うん。なかなか思い切った食べ物になっているね。一つでおなかが一杯になりそうだよ」


 隣のテーブル席に座っているネロたちのところにも大きなサンドイッチが運ばれていた。三人とも驚きと興奮が入り交じった顔をしている。たぶん俺も同じ顔をしているはずだ。


「どうやって食べるのでしょうか?」

「うーん、上から手で取って食べるのが良さそうだけど」


 周囲の客を観察すると、みんな手づかみで食べていた。だがこちらは貴族。そんなノーマナーで食べるわけにはいかない、と言いたいところだが、俺は気にせずに手で取った。


「ユリウス様」

「うん、うまい。ファビエンヌ嬢もやってみる? こんな経験はなかなかできないよ」


 あっけにとられていたファビエンヌ嬢だったが、俺が気にせずに食べているのを見て、心を決めたようである。えい、と手づかみにして食べ始めた。


「おいしいですわ。それに、何だかいけないことをしているみたいで楽しいですわ」

「それは良かった。何事も経験してみなければ分からないからね。きっとアレックスお兄様もダニエラお義姉様も手づかみで食べたはずだよ」

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