第274話 さすネロ

「――様、ユリウス様!」

「ん? どうしたんだ、ネロ。何かあったのか?」


 ネロに揺さぶられて正気を取り戻した。どうやらちょっと思考の渦に入り込みすぎていたらしい。ファビエンヌ嬢も心配そうな顔をしている。


「何かあった、じゃないですよ。何かまた妙なことを思いついたような顔をしていましたよ」

「いや、それほど妙なことじゃないと思うけど……」


 今日は何だかネロがひどいぞ。出がけにアレックスお兄様からきつく言いつけられていたからなのかも知れない。そうだと思いたい。


「何を思いついたのですか?」


 ちょこんと首をかしげるファビエンヌ嬢。心配から好奇心へとスイッチしたようである。ここは彼女の興味を引くためにも話しておくことにする。


「ガラスを材料にした『ガラスペン』を作ってみてはどうかと思ったのですよ」

「ガラスペン?」

「そう。こうやって先端に溝を付けて」


 サッとネロが差し出した紙にガラスペンのイメージを描いていく。相変わらずネロはできる子である。でもガラスペンだと結局インクがいるんだよね。しょうがないか。


「変わった形ですわね」

「そうかも知れないね。でもこの溝があるおかげで、インクが長持ちするんだよ」

「そうなのですね」


 真剣なまなざしで紙を見つめるファビエンヌ嬢。どうやら興味を持ってもらえたようである。これは後日、ガラスペンを作ってプレゼントしなければならないな。せっかくだからおそろいにしようかな。いや、それだと重いか?


 その後は高級懐中時計や、テーブルランタン、色とりどりの高級インク、ほのかな香りがする便箋、香水なんかを見て回った。雑貨店なのだが、便利な魔道具も一緒においてあるようだった。


「次は庶民向けのお店に行こう。まだ時間はあるよね?」

「大丈夫です」


 チラリとネロが懐中時計を確認した。俺も持っているけど、時計は中々の高級品だ。庶民にはまだまだ広がっていない。そのため、朝、昼、夕方で鐘楼が鳴るようになっている。

 もっと庶民にも行き渡れば、待ち合わせなんかが楽になると思うんだけどね。


 再び馬車に乗ると、貴族街から庶民街へと移動する。辺境伯家の馬車を見て、慌てて道を空ける人たちが見えた。


「なんか悪いことしちゃったな。今度来るときは、庶民が驚かない馬車にしないとね」

「うふふ、ユリウス様はお優しいのですね。そのようなことを考えるだなんて」

「そうかな? でも確かに貴族らしくはないかもね」


 フフフと二人で笑い合う。まあ確かに権力を振りかざすのは苦手だし嫌いだからね。ファビエンヌ嬢の案内により、庶民向けの雑貨店へと到着した。だが問題が発覚する。


「この服で行くと目立ち過ぎるかも知れないね」

「確かにそうかも知れませんわ」


 お互いに服装を確認する。どう見ても貴族の子供である。この姿で行くと、お店の迷惑になるのではないだろうか。これは困ったぞ。でもしょうがないね。代わりの服など持って来てなどいない。


「今日はこのまま行きましょう。この機会を逃したら、次はいつになることやら」

「そんなに気になっていたのですか?」

「もちろんですよ。前々から庶民の生活をのぞきたいと思っていたのですよ。何なら庶民として暮らしてみたいくらいです」


 俺はそう強く断言した。それを聞いたファビエンヌ嬢は驚いたように目を見開いていたが、ネロとジャイルとクリストファーはどこか悟りきったような顔をしていた。もしかしてあきれられてる?


 ファビエンヌ嬢をエスコートして馬車から降りる。何かの間違いがあってはならないため、しっかりと手をつなぐ。暖かくて柔らかい感触がする。

 当然のことながら、店内は騒然となった。それもそうか。護衛を伴った集団が入って来たのだから。

 ごめんね。次からは庶民の服装で来るので、どうか今日だけは許して欲しい。


「お、カルタと双六が売っているぞ。どれも見たことがない種類のものだな」

「人気商品で色んな種類が毎月のように出ておりますのよ」

「そう言えばさっきの店では売ってなかったな」

「ユリウス様、貴族の子供向けのお店は別になっております」


 すかさずネロが追加情報をくれた。さすネロ。


「なるほどね。一緒にすると騒がしくて高級感が薄れるか。確かにそうかも知れないね」


 庶民向けの雑貨店にも羽根ペンや付けペン、時計なんかもあった。質はあまり良くなさそうだったが。

 そしてなぜか魔法薬も置いてあった。もちろん品質はとても悪い粗悪品ばかりだ。値段は安いけど、これだと意味がないどころか、よけいに症状が悪化しそうである。


「魔法薬も売っているんだ。売れるのかな?」

「売れるのではないでしょうか。値段もずいぶんと安いみたいですし」

「魔法薬店で売っているものは高くて買えないってことなのかな」

「そうかも知れませんね。それに魔法薬はどれも同じと思われてるのかも知れません」

「そんなバカな」


 思わず振り返ったが、反論する声はなさそうである。どうやら本当に庶民の間ではそう思われているようである。いや、貴族の間でもそう思われているのかも知れない。


「飲みやすい魔法薬があることを知っているのは、私たちくらいですわ」

「私はユリウス様が作った魔法薬を知っていますから、今なら、魔法薬にも違いがあることが分かっていますが、それまではどれも同じだと思っていました」


 ネロの言葉にウンウンとその場にいた全員がうなずいた。

 そうだったのか。どうやらまだまだ庶民にはゲロマズでない魔法薬があることは広まっていないようである。今後はもっと宣伝に力を入れた方が良いのかも知れないな。


 ハイネ辺境伯家印の魔法薬とかどうだろうか。もちろんそれを統括するのはアレックスお兄様だ。アレックスお兄様なら新規事業の一つや二つや三つくらい、軽くやってのけるはずだ。帰ったら相談だな。

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