第273話 街デート

 今日はいよいよファビエンヌ嬢とのデートの日だ。俺がアンベール男爵家まで迎えに行くことになっている。

 今日の服装は街歩きをしやすいように、動きやすいスラックスを身につけている。社交界用の豪華な服装だと動きにくいし、汚さないように動こうとすると気疲れするからね。


「今日も頼むぞ、ネロ。ジャイルとクリストファーもしっかりと頼む」

「お任せ下さい」


 護衛は別にいるのだが、四人の結束を高めるべく、一緒に連れて行くことにした。最近は四人で行動することが多いので、ネロに対するわだかまりもなくなっているような気がする。


 六人乗りの馬車に乗って、ハイネ辺境伯家を出発した。出発する前に、アレックスお兄様が「くれぐれもユリウスから目を離さないように」とネロたちに注意していた。直接言えば良いのに……あ、直接言っても無駄だと思ったのかな? それはそれで悲しいぞ。


「ユリウス様、神棚は完成したのですか?」

「ほとんど完成したよ。あとは中に入れる御神体を作るだけだね。大きめの水晶が手に入らないから、それを待ってるところだよ」


 あの後、俺の作った神棚第一号はハイネ辺境伯家の中庭の隅に設置された。そこには毎日だれかがお供え物をしているようである。すぐに精霊によって回収されるので、どのくらいのお供え物があるのかは分からないが。

 どうやらジャイルもときどきお供え物をしに来ているようである。


「あれは素晴らしい神棚ですからね。完成したらぜひ見てみたいです」

「そうかなぁ」


 クリストファーも王家専用の神棚を気に入っているようである。確かに気合いを入れすぎてやり過ぎてしまった感じは否めない。作っちゃったものは仕方がないけど。

 神棚を一般家庭に普及させるつもりはないので、まあ大丈夫だろう。問題ない。


「ユリウス様、今日のお出かけの際に宝石店へ行きますので、そこで探してみてはいかがですか?」

「そうだね、時間があれば探してみようかな」


 今日の目標はファビエンヌ嬢と一緒に昼食を食べること、宝石店でプレゼントを探すことだ。魔道具をプレゼントすることも考えたけど、それって良く考えるとみんなで使うものだよね。それだとファビエンヌ嬢へのプレゼントにはならない。


 それほど時間もかからずにアンベール男爵家へと到着した。玄関の前でファビエンヌ嬢とご両親が待っていた。ファビエンヌ嬢の服も動きやすそうなドレスである。モコモコとしており暖かそうだ。ウサギみたい。


「お待たせしてしまってすみません」

「いいえ、時間通りですわ」

「良く似合っていますよ、ファビエンヌ嬢。かわいらしいウサギのようです」


 赤くなってうつむくファビエンヌ嬢。はいかわいい。ご両親と挨拶を交わしてさっそく街へと繰り出した。


「ファビエンヌ嬢は街へは良く出かけるのですか?」

「はい。街歩きは好きですわ。町娘の格好をして行きますのよ」

「それは一度見てみたいな。俺も庶民の服を着て出かけてみようかな」

「ユリウス様」

「じょ、冗談だよ、冗談」


 ネロに怪訝そうな目で見られた。やるならハイネ辺境伯家からアンベール男爵家に移ってからだな。ファビエンヌ嬢と一緒に街歩き。夢が広がるな。そのときはネロも許してくれるだろう。


「昼食までには時間があるので、それまで色んなお店を見て回りましょう」

「楽しみですわ」


 本命の宝石店に行くのは最後だ。最初からクライマックスでは後が続かないだろう。まずは雑貨屋さんへと向かった。貴族向けの高級雑貨店である。ほう、面構えが違うな。

 ジャイルとクリストファーに入り口の警備を頼んでから中に入る。


「領都でもこんな店があったのか。ファビエンヌ嬢は来たことがある?」

「初めて来ましたわ。普段はその……もっと庶民向けの雑貨店に行きますので」


 あ、いかん。ファビエンヌ嬢に不愉快な思いをさせてしまったかも知れない。お店について聞くのはやめよう。店では楽しく過ごせば良いのだ。


「それじゃ、次はその店を紹介してもらおうかな? どんなものが売れ筋なのか、気になるからね」

「何かのお役に立つのですか?」


 ファビエンヌ嬢が首をかしげている。どうやら新しい物を生み出す立場には、まだなっていないみたいだな。それもそうか。今のところオリジナルの魔法薬を作ろうなんて、考えたことはないだろうからね。


「そうだよ。庶民が欲しい物はすべて、新しい魔法薬や魔道具の参考になるからね。それを集めて形にすれば、領内がもっと豊かになるはずだよ。そしてスペンサー王国全体が豊かになる」

「ユリウス様はそこまで考えておりますのね」


 ファビエンヌ嬢がうれしそうに手をパチンとたたいた。どうやら俺の考えを理解してもらえたようである。そしてその考えに賛同してくれるみたいだ。

 貴族はどちらかというと保守的な立場を取る人が多い。そのため、新しい動きには敏感で、ときには押さえつけようとしてくる。


 辺境伯という立場だったので「競馬」というシステムを作り出し、一大ムーブメントを生み出すことができた。他の領地であまりうまく行っていないのは保守派の反対があるからだろう。

 足の引っ張り合いのおかげで、まだまだ独占できるぞうっしっし、とお父様が言っていた。


「おお、これはなかなか良い羽根ペンだな」

「この羽根は極楽鳥のものみたいですね。キレイな色ですわ」

「羽根ペンはキレイなんだけど、使いにくいのがネックなんだよね」

「ネック?」

「ああ、えっと、使いにくいのが欠点だな、と」


 それを聞いたファビエンヌ嬢とネロが首をかしげている。そりゃそうだよね。この世界の住人はみんな羽根ペンを使うのが当たり前。それが普通なのだ。それよりも、もっと良い物があるとは思わないだろう。


 もちろん付けペンもあるのだが、質が良いとはとても言えなかった。インクはすぐに切れるし、劣化すると紙を破ってしまうこともしばしば。これなら俺が作った方が早いんじゃないかと思うが、グッと我慢している。職人たちの仕事を奪ってはいけない。


 ボールペンとは言わないが、せめて万年筆が欲しいな。いや、待てよ、まだこの世界にはガラスペンがないぞ。作るならこっちが先か? ガラスの色を工夫すればプレゼントにもなるかも知れない。

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