第270話 神棚
神棚をチェストの上に設置して準備完了だ。ここまで作ったからにはお供え物をしないわけにはいかないだろう。俺は机の引き出しに隠してあったドライフルーツを取り出した。
「キュ」
「お兄様」
「今から食べるわけじゃないから。精霊様へのお供え物だから」
物欲しそうにこちらを見ている二人をなだめているとお母様がやって来た。ロザリアの顔がこわばった。
「ロザリア、ユリウスと一緒に寝るのはダメだと言ったはずよ」
「ち、違うのです、お母様! お兄様が今から精霊様にお供え物をするので、それを見せてもらっているだけなのです!」
必死だな、ロザリア。でもそんな話、今、初めて聞いたぞ。ウソがバレるのを恐れたのか、チラチラとこちらの様子をうかがうロザリア。その時点でバレバレのような気がするのだが。見ろ、お母様も「ウソが下手ね」みたいな顔をしてため息をついているぞ。
「ユリウス、私もお供え物をするところを見させてもらっても良いかしら?」
「もちろんですよ。そんなに大したものではないですよ」
そう言いながら神棚の観音開きの扉を開いた。ほお、とため息をつく音が聞こえた。そこにはミニチュア版の祭壇があった。中央にはさらに両開きの扉がある。丁寧にその扉も開ける。
その奥には様々な精霊をモチーフにした精巧なレリーフと共に、厳重に封印がなされた扉がある。見る人が見れば、神々しく見えることだろう。
「ユリウス、あの奥の扉の向こうには何があるのかしら?」
「精霊様を模した水晶が祭られています。精霊様のお姿は普段見られることはないので、厳重に封をしています」
あ、お母様が微妙な顔をしている。「あの二足歩行するカメのことよね?」とでも言いたそうだ。そうだけど、きっとそうじゃない。あの姿は俺に合わせてくれたのだ。たぶんそう、きっとそう。あれが精霊の本当の姿だったら、子供たちが泣くぞ。
ロザリアはロザリアでうっとりした目でレリーフを見ていた。今にも欲しいと言い出しそうだ。ミラはしきりに俺に頭突きを繰り返している。変わった愛情表現である。
それにもめげず、祭壇にドライフルーツをお供えする。
「精霊様、いつも世界を見守って下さり、ありがとうございます。これはほんのお礼です。お受け取り下さい」
ただの形式的な儀式だと思って適当に奉る。祝詞を知っていれば良かったのだが、残念ながらそこまで詳しくない。ゲーム内にも巫女職はなかった。
そんなことを思っていると、目の前で突如、異変が起こった。お供えしたドライフルーツが一瞬にして消えたのだ。
「ミラ~?」
「キュ、キュ!」
必死に首を左右に振るミラ。どうやら違ったようである。俺でも見えないほどの速さだったので、どれだけ食い意地が張っているんだと思ったけど違ったようである。それじゃロザリアが……どうやら違うようだ。お母様とそっくりな顔をして祭壇を見ている。目がまん丸のお月様のようになっている。
「えっと、どうやら精霊様にお供え物が届いたようですね」
何事もなかったかのようにニッコリとほほ笑んだ。ここで俺が動揺してはいけない。それはすぐに周りに伝播して、「またユリウスがやらかした」と騒ぎになってしまうだろう。
「え、ええ、そのようね。……足りたかしら?」
「大丈夫だと思いますよ。たぶん」
大丈夫だよね? 信じてるからね? その後は魂が抜けたようになったお母様がロザリアを連れて部屋から出て行った。さすがだな、お母様。その行動はとても自然な動きだった。
翌朝、朝食の席で、やはり昨日のことが話題になった。どうやら正気に戻ったお母様がお父様に話したようである。
「急いで中庭に神棚を設置する場所を決めなくてはならないな」
「ええ、それにお供え物も準備しなくてはいけませんわ。お菓子なんかも必要かしら?」
どうやら神棚が精霊たちとつながっている物であると認識されてしまったようである。良かったのか、悪かったのか。少なくとも、おいしい物を食べられる精霊が得していることは間違いないな。
「ユリウスちゃん、私もその神棚を見てみたいのですが」
「もちろん構いませんよ。そうだ、設置場所が出来上がるまで、どこかのサロンに置くことにしましょう。みんなもお供え物をしたいでしょうからね」
これはただの建前である。話題になってしまった以上、俺の部屋に神棚を置くのは良くないだろう。俺だけ特別な人物になってしまう。「精霊の申し子」などと言われたら厄介である。
「ドライフルーツは気に入ってもらえたみたいだから、それをお供えしてみようかな」
「そうですわね。料理長が色んな種類の果物を試しているようなので、試食のときに少し分けていただきましょう」
アレックスお兄様とダニエラお義姉様が仲良く楽しそうに話している。どうやらドライフルーツ大使として腹をくくったようである。あ、あと魔法薬と魔道具の件もありますからね? 忘れないで下さいよ~。
朝食が終わるとすぐに神棚をサロンに設置した。最初は邪魔にならないように、あまり使われていないサロンに置こうとしたのだが、お母様からの希望により、ハイネ辺境伯家で一番格式の高いサロンに置かれることになった。
神棚の扉は二つ目までを解放しておく。その方が見栄えが良いからね。そしてそれを見たダニエラお義姉様が「同じものが王家にも欲しい」と言ってきた。ここは愛するお義姉様の頼みだ。王家仕様の立派な神棚を作ろうではないか。
俺はネロに一番良い木材を頼んでおいた。
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