第269話 助けてお義姉様

「ユリウス?」

「助けて、ダニエラお義姉様!」


 執務室での話し合いが終わり、全てがアレックスお兄様に丸投げされたところでサロンへと戻って来た。戻って来て早々にお兄様が距離を詰めてきた。そうはさせまいとダニエラお義姉様にしがみついた。


「あらあら、どうしたのかしら?」


 義弟に頼ってもらえてうれしいのか、ダニエラお義姉様が太陽のようにほほ笑んでいる。アレックスお兄様の弱点はダニエラお義姉様だ。俺はそれを知っているぞ。


「全く、本当にユリウスからは目を離してはいけないね。分かっていたけど、ここまでになると笑うしかないね」


 アレックスお兄様の顔が深い苦笑いに変わった。どの道、こうなったからには逃れられないのだ。覚悟を決めるしかない。

 お兄様が先ほどあった出来事をダニエラお義姉様に話すと、驚きはしたものの、とても楽しそうだった。


「さすがは私の自慢の義弟ね。暇にしている時間はなさそうだわ。先行きが良く見通せませんが、それだけに、やりがいがありますわ」


 ダニエラお義姉様が鼻息も荒く、そう宣言した。やる気満々だし、目が太陽のように輝いている。


「王城で過ごしていたときよりもずっと楽しそうだね」


 少しあきれ気味にそう言ったお兄様の方を、音でも鳴りそうな勢いでグルンと振り返った。


「それはもう。自分の力を試すことができるのですもの。何事にも縛られた王家の仕事に比べたら、とても楽しみですわ」


 どこか恍惚とした表情で目を細めている。どうやら俺は良い仕事をしたようである。頑張れダニエラお義姉様。ダニエラお義姉様がハイネ辺境伯家で一番になる日も、そう遠くはないぞ。


「何だユリウス、また何かやらかしたのか? さすがだな」

「それ、褒めてないですよね、カインお兄様?」

「そんなことないさー」

「棒読みになってますよ」


 全く。自分に実害がないからと言って、いい気なもんだ。だが、その隣にいたミーカお義姉様は興味津々のようである。ググッと一気に距離を詰めてきた。


「服の汚れをキレイに落とす魔法薬があるって聞こえたんだけど?」

「え、ええ、そうですね。液体洗剤という名前です。騎士団の宿舎の洗い場で使ってもらっているので、明日、試しに使ってみてはどうですか?」


 ミーカお義姉様の胸の圧がすごい。おっぱいに目が向かないように必死に堪えながらほほ笑みを返した。


「そうさせてもらうわ。これで訓練中に服が泥だらけになっても大丈夫だわ」


 鼻歌でも歌いそうな勢いでよろこんでいる。しかし、仮にも貴族の奥様が泥だらけになるのはどうなのかしら? アレックスお兄様とダニエラお義姉様が曖昧な笑顔を浮かべているので、あまり褒められた行為ではないのだろう。カインお兄様はうれしそうだけど。




 夕食後、少しでも早く神棚を完成させられるように工作室にこもった。さすがに今日は一緒にお風呂に入ることにはならなかった。ロザリアとミラが一緒にお風呂に入りたそうにしていたが、何とかお母様バリアによって阻止することができた。


「これが神棚ですか。設計図もないのに良くここまで作り上げることができますね」

「精霊様が頭の中に設計図まで見せてくれてさ。それを元にして作っているんだよ。あとで紙に設計図を描かないといけないね」


 もちろんウソである。別世界の神棚を参考にさせてもらっているからね。ウソついてごめん。でも、真実はまだ話せないんだ。

 この世界で神聖な生き物と言えば聖竜である。そのため、成長したミラをイメージしたものを装飾として彫り込んだ。なかなか良いできだと思っている。


「あとは中にいれる『精霊石』が必要だな。お、ちょうど良いところに水晶があるな。これにしよう」


 魔道具の素材として水晶が使われることがある。どうやらそのための物のようだ。今から宝石を購入するのでは神棚がいつ完成するのか分からないので、ありがたく使わせてもらうことにした。『クラフト』スキルでまん丸のビー玉状に加工する。これでよし。


「すごいですね。こんなに丸い水晶は見たことがありませんよ」

「そうかな? このくらい、大したことないよ。きっとロザリアだってできるよ」


 ロザリアも『クラフト』スキルを持っているからね。きっとできるはずだ。

 これを木でできた台座の上に載せて完成だ。うむ、思ったよりも様になっているぞ。


「これで完成だな。あとはこの扉を開かないようにして、と」

「開かないようにするんですか? もったいないような気がしますね」

「ふふふ、精霊様のお姿をのぞいてはいけないんだよ」

「なるほど」


 どうやら納得してくれたようである。厳重に一番奥の扉を封印すると、神棚が完成した。何とか両手で持てる大きさになっている。これならどこにでも設置することができるぞ。


「今日の作業はこれで終わり。中庭に設置するのは後日になるね。それまで俺の部屋に置いておくことにしよう」

「お持ちしますよ」

「頼んだよ、ネロ」


 工作室をあとにして部屋へと戻っていると、ロザリアとミラに鉢合わせしてしまった。それが何なのか分からないロザリアは首をかしげ、自分の姿が彫られていることに気がついたミラは勢いよく飛びついてきた。


「キュー!」

「ちょ、ミラ、興奮し過ぎ。頭突きが痛いから。もうちょっと勢いを弱くしてくれないと、吹っ飛ばされちゃうよ」

「キュー!」


 興奮冷めやらぬ様子のミラはなおも小さな頭突きを何度もお見舞いしてきた。変わった愛情表現だなぁ。もしかして、ミラをモチーフにしたのはまずかったのではなかろうか。でも今さら作り直すのはなぁ。それを見たミラがガッカリしそうだ。


 そのままミラとロザリアが一緒に俺の部屋に来たんだけど、良いのかな? 俺が目配せをすると、ネロが部屋から出て行った。きっとお母様を呼びに行ったはずである。

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