第268話 直接頭の中に

 さてどうしたものか。どうやら精霊を祭る神殿も祭壇も、思い当たる場所にはなさそうである。それならいっそのこと、適当な場所に作っちゃうか? でもなあ。


『ユリウス、ユリウス』


 だれだ、俺の頭の中に直接語りかけて来るのは。そしてこの声は聞いたことがある。そう、湖の精霊だ。


『どうしたんですか、急に』

『そんな仰々しいものは必要ないぞ。小さな神棚で十分じゃ』


 湖の精霊はどこで神棚のことを知ったのだろうか? やはり俺をこの世界に送り込んだ神様と精霊は、何かしらの縁があるようである。それならそれで、別に問題ないけどね。

 神棚で良いか。了解した。


「どうしたんだい、ユリウス?」

「今、湖の精霊様からのありがたいお言葉が降ってきました」

「それは一体……」


 ダニエラお義姉様の顔が青ざめている。どうやら不吉なこととして捉えたようである。確かに頭の中に声が聞こえてきたらそうなるか。慌てて両手を振った。


「大丈夫ですよ、悪いお話ではありませんから。どうやら神棚を作って、そこにお供えすれば良いみたいです」

「神棚? それにしても、わざわざそのようなことで語りかけてくるだなんて……」

「よほどドライフルーツが食べたかったのでしょうね」


 笑顔でそう言うと、お兄様とお義姉様の顔が引きつるような笑顔になっていた。きっと「食い意地が張っている」と思ったのだろう。奇遇ですね、ボクもです。

 だがこれで、神棚にお供え物をすることは既定路線になったぞ。あとはどこに設置するかだな。


「お兄様、中庭の隅に神棚を置くための小部屋を作らせてもらっても良いですか?」

「そうだね、庭園は人が多く行き交う場所だからね。静かな中庭の方が良いかも知れない」

「良い考えだと思いますわ。私も城に戻ったら、神棚を作ることを進言しておきますわ」

「ありがとうございます」


 とは言ったものの、別に王家で精霊を祭る必要はないと思うんだけどな。もしかすると、少しでもつながりを持ちたいのかも知れない。また余計なことを言っちゃったかな。


「この件はお父様にも話しておくよ。ユリウスはどんな形にするのかを考えておいてもらえないかな?」

「分かりました。お任せ下さい」


 木製の観音開きの扉がついたものにする。中は三重にして、一番奥は開かない仕様にする。一番奥には精霊をイメージした「精霊石」でも入れておけば良いだろう。神棚はなるべく小さくして簡単に持ち運べるようにしておこう。




 お兄様たちと別れ、再び工作室に戻る。今日はやけに忙しいな。神棚を作るのは後日にしようかな?


『早く、早く作るのじゃ』

「……」

「ユリウス様、どうかなさいましたか?」

「いや、別に。何となくやる気が削がれるなぁと思ってさ」

「は、はぁ?」


 ネロが困惑しているが、俺も一緒に困惑したい。何かお礼をしたいと思ったばかりに……。

 工作室に転がっていた木材でせっせと神棚を作っていると、ミラを抱えたロザリアがやって来た。どうやら無事にお母様への報告は終わったようである。


「お兄様、お父様とお母様が呼んでおりますわ」

「分かったよ。何かあったの?」


 ロザリアとミラがそろってちょこんと首をかしげた。破壊力高えな。ネロが思わず口元を隠している。たぶんはわはわしているはずだ。

 何があったのかは分からないが、すぐに執務室へと向かった。後ろからロザリアたちも付いて来ている。


 扉をノックしてから中に入る。そこには両親だけでなく、アレックスお兄様の姿もあった。神棚の件かな? 「精霊様からのお願いだ」と言えば押し通せると思うけど……。


「失礼します。あの、何かありましたか? あ、もしかして神棚の件ですか? あれは精霊様がどうしてもって……」

「いや、神棚のことではない。その件についてはアレックスから聞いている。中庭に場所を設けるのでそこに設置するように」

「ありがとうございます。……それでは一体何のご用で?」


 う、何かみんなの視線が痛いぞ。みんな笑っているから悪い話ではないみたいだけど。そんな中、アレックスお兄様の開いているかどうかも分からないような細い目がこちらを向いた。


「ユリウスはさっき、何も厄介事は起こしていないような口ぶりだったよね?」

「そうですけど……と言うか、実際に何も起こしていないでしょう?」


 何のことだか分からずに首をかしげていると、お父様の隣に座っているお母様が少し身を乗り出した。もしかして、「食器洗い乾燥機」のことかな? それなら俺じゃなくてロザリアに直接――。


「聞いたわよ、ユリウス。何でも、どんな頑固な汚れでも落とす『液体洗剤』という魔法薬を作ったそうね?」

「あー」


 そっち!? 確かに石けんを毎回液体洗剤にするのが面倒くさいだろうと思って、最初から液体になっている洗剤を作ったし、そのついでに、汚れが良く落ちるようにしたり、泡切れが良くなるようにしたりしておいたけど。


「ずいぶんと評判になっているみたいよ。騎士団だけじゃなくて、こちらでも使いたいから何とかならないかって話が来てるわ」

「食器洗い専用の液体洗剤も作ったらしいね? 少量で油汚れが良く落ちるし、手も荒れないって評判だよ」


 どうやら料理長たちは俺たちが帰ったあとで、液体洗剤の性能を色々と試したようである。確かに少量の食器なら、食器洗い乾燥機を使うよりも、手洗いした方が早いに決まっている。

 きっと新しい料理の試作をしたんだろうな。行動が早い。今日の晩ご飯が楽しみだな。


「どうするつもりなんだ?」

「どうするって?」


 あ、お父様が頭を抱え込んだぞ。俺、別に悪いこと言っていないよね? だがお母様とアレックスお兄様はあきれたような目つきでこちらを見ていた。


「あれを売り出すつもりなのか?」


 あっと、そこまで考えていなかったな。ハイネ辺境伯家で使う人が便利になればと思っていたけど、一般向けに売り出すことも視野に入れておいた方が良いのか。でも毎回作ると時間がいくらあっても足りなくなるし、ここはいつのもように丸投げだな。


「作り方を魔法薬ギルドに売ろうと思います」

「そうか。それが良いのかも知れないな。いや、ここまで来たら、専属の魔法薬師を雇って、ハイネ辺境伯家の商品としてドライフルーツと共に売り出した方が良いかも知れんな」

「あら、それならユリウスとロザリアが作った魔道具も商品に加えたら良いんじゃないのかしら?」

「それもそうだな。魔道具師も必要か。頼んだぞ、アレックス」

「も、もちろんですよ、お父様」


 アレックスお兄様の顔が盛大に引きつっている。どうやらお父様も全てをアレックスお兄様に丸投げしたようである。

 どうやら俺の丸投げ体質はお父様の血を引き継いだものだったようである。蛙の子は蛙とは良く言ったものだな。

 あ、お兄様からちょっとにらまれた。いやん。

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