第267話 料理長のお墨付き

 カチャカチャと高級そうなティーカップたちが「食器洗い乾燥機」の中に入れられていく。一応はまだ試作段階なので魔道具の大きさはそれほどでもない。だがそれでも、ひと家族が使う分には問題ないだろう。


「食器を入れ終わりました」

「それじゃ、この液体洗剤をここに入れて……」


 濃い青色の液体を上部にある投入口から入れる。サラッとした液体なので、詰まることはないだろう。これで準備はできたぞ。


「あとはこのボタンを押すだけですわ」


 ロザリアがボタンを押して欲しそうに料理長を見上げる。それに気がついた料理長は一つうなずくと、側面にあるスタートボタンを押した。

 ピンピロピンと音がなると、「食器洗い乾燥機」が動き始めた。小窓からは水と泡が食器に襲いかかっている様子が見える。


「あとは終わるまでこのままよ。二十分くらいかかるわ」

「二十分で……それでは終わるまでお茶の時間に致しましょう。新作のドライフルーツがあるんですよ」

「新作のドライフルーツ!」


 ロザリアとミラとリーリエの目がシイタケみたいになった。どうやらリーリエもお気に召したようである。良いことだな。

 料理長が作ってくれた新しいドライフルーツはまるでグミのようだった。……というか、もうこれグミだよね? 別の商品として売り出しても良いんじゃないかな。


 グミで思い出したんだけど、精霊たちに何かお供えした方が良いんじゃないかな? ドライフルーツとか喜んでくれそうな気がするんだけどな。本格的な冬が始まる前にお供えしよう。でもどこに?


「料理長、ハイネ辺境伯領内に精霊様を祭る神殿や祭壇があったりしないかな?」

「はて、聞いたことがありませんな」


 そう言って周囲に集まっている料理人たちに目を向けるが、良い返事は返って来なかった。そうなると、領内に精霊を祭った神殿がない可能性が出て来たな。もしかすると、国内にもないのかも知れない。ダニエラお義姉様に聞いてみよう。きっと何か知っているはず。


 色々と考えを巡らせている間に洗いが終わったようである。ピンポンパンポンと終了を告げる魔法陣音が聞こえてきた。


「終わったみたいですわ」


 ロザリアの顔がこわばっている。これから本当にキレイに洗えているのかを確かめることになるのだ。そりゃ緊張もするか。「食器洗い乾燥機」の周りには期待と不安の入り交じった顔をした料理人たちがすでに集まっていた。


「それでは確認してみましょう」


 代表で料理長が魔道具の中からティーカップを慎重に取り出していく。汚れが残っていないか、一つ一つを丁寧に確認していた。

 それほど時間がかかることなく、すべての食器が取り出された。


「どれも問題なくキレイに洗えておりますな」

「おおお!」


 調理場がざわめき立った。料理長には料理人としての誇りがある。ご機嫌を取るためにウソを言うことがないことは、ここに居るだれもが分かっていた。それだけに、料理長のお墨付きは大きな影響力を持つ。たぶん、俺なんかよりも。


「やりましたわ!」

「やったね、ロザリア。これで正式な『食器洗い乾燥機』を作ることができるね。料理店や大きなお屋敷でも使ってもらえるはずだよ」

「こうしてはいられませんわ。お母様にもお知らせしないと」


 そう言って慌ただしくロザリアが調理場から出て行った。そのあとをリーリエが急いで追いかけていた。そんなに走るとお母様に怒られるぞ。


「この魔道具があれば時間に余裕ができますな。さてどうしたものか」

「料理長、空いた時間で新しい料理を教えて下さい!」

「料理長、新しい料理を考えたんですよ。ぜひ意見を下さい!」


 料理人たちがここぞとばかりに料理長へと詰めかけた。さすがはハイネ辺境伯家のお抱えの料理長なだけあって、腕前は超一流である。弟子たちもそのことは重々承知しているようだ。


「料理長、時間に余裕はなさそうだね。新しい料理を楽しみにしているよ」

「そのようですな。ようやくこれまで培ってきたものを伝えることができそうですよ」


 少しこわもての料理長がとてもうれしそうに笑っている。今までは、技術を伝えたいけどお互いに時間がなかったんだろうな。これからは存分に交流して欲しいと思う。ロザリアは本当に良い魔道具を作ったな。




 調理場から出た俺はその足でダニエラお義姉様のところへと向かった。ネロの話だと、この時間は庭でティータイムをしているだろうとのことだった。良く知っているな。さすがはネロ。


「アレックスお兄様、ダニエラお義姉様、少しお邪魔してもよろしいですか?」

「もちろんだよ。何か厄介事でも起こしたのかい?」

「アレックスお兄様は私のことを何だと思っているんですか!」


 俺とお兄さんとのやり取りを見たダニエラお義姉様が、扇子で口元を隠しながら笑っている。仲の良い兄弟だと思ってもらえるといいな。実際、今のところはそうだしね。


「ごめんごめん、それで、何かな?」

「ええと、精霊様を祭る神殿などがどこかにありませんか? 加護をもらったお礼に、何かお供え物でもしようかと思いまして」

「なるほどね。ユリウスは精霊様にとって特別な存在になっているからね。確かにお礼というか、信仰は必要だよね。でも精霊様を祭る神殿か。聞いたことがないな」

「私も聞いたことがありませんね。精霊様は自然に宿るものだと言われているので、特定の場所に存在するものとして祭られなかったのではないでしょうか」


 ダニエラお義姉様の眉がハの字になっている。きっとこれまでそんなことを考えたことがなかったのだろうな。精霊が実在すること自体、最近まではあまり信じていなかったのだと思う。俺もそうだしね。ただの迷信だと思っていた。

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