第266話 食器洗い乾燥機

 洗濯機の中に限界量まで洗濯物を詰め込むと、そこに所定の投入口から液体洗剤が入れられる。喉仏を上下させながら、おもむろに本日の洗濯担当の騎士がスタートボタンを押した。

 ピンピロピン、と音がなると、元気良く洗濯機が動き始めた。


 チン音では分かりにくいと言う意見が出たので、メロディーが鳴るように改良していたのだ。もちろん洗濯機だけでなく、ドライフルーツ自動作製魔道具も同じように改良してある。

 当然のことながら、もうすぐ完成するロザリア作「食器洗い乾燥機」にも搭載される予定である。


「何度聞いても不思議な音ですね」

「まあ、魔法陣音だからね」


 この世界には機械がないので「電子音」という表現が難しい。なので魔法陣が奏でる音、魔法陣音と勝手に呼んでいた。もし別の呼び方があったら、すぐにそちらに切り替えるつもりだ。


 洗濯物が洗い終わるまでには三十分ほどかかる。その間に俺は「何か欲しい魔法薬はないか、何か不便に思っていることがないか」を聞いた。現場の声は非常に大事である。

 そんな中「鎧も洗いたい」という意見が出た。汗の臭いがこびりついてむせるもんね、あれ。考えておこう。


 ピンポンパンポンと音が鳴った。洗濯が終了した音である。息の詰まるような沈黙の中、洗濯機の中から洗い物が取り出される。

 どれもしっかりと乾いており、今すぐにでも着ることができるだろう。それよりも。


「真っ白だー!」

「信じられない! 手荒いしてもここまで白くはならないぞ。どうなっているんだ!?」

「うん、嫌な臭いも残っていない! 買ったばかりだと言われてもだれも疑わないぞ」

「そうだそうだ」


 ワラワラと洗濯物に集まる騎士たち。表には出ていなかったが、やはり洗濯機に対して小さな不満はあったようである。これで少しはそれを解消することができたかな?


「さすがはユリウス様。感服いたしました」

「やめてよね、ネロ。魔法薬師として当然のことをしたまでだよ。魔法薬師として」


 大事なことなので二回言った。それを聞いていた騎士たちがそろって敬礼をしている。どうやら自分たちのためにわざわざ「液体洗剤」を作ってきたと思われているようだ。

 それはそうなんだけど、半分以上は自分のアイデンティティーのためなので、そこまでかしこまられるとちょっと困る。たぶんこれで良かったんだと思うことにしよう。




 甲冑を丸洗いできる魔道具か。浄化の魔法陣を組み込んで……とかにすると大問題になるな。今作った「洗濯機」がお役御免になってしまう。それだけは何とか避けねば。高温で殺菌しちゃう? 「汚物は消毒だー!」みたいな勢いで。


 そうだ、それだ! 高温高圧殺菌、「オートクレーブ」だ。高圧反応洗浄機と名付けよう。

 ウキウキしながら工作室に向かうと、ロザリアが飛びついて来た。何事!?


「完成しましたわ!」

「ついに『食器洗い乾燥機』が完成したんだね。さすがは俺の妹」

「えへへ」


 頭をなでてあげると、とてもうれしそうに目を細めていた。その後ろに控えているリーリエも頑張ったのだろう。ちょっと服が汚れていた。近くに転がっていたミラと一緒にナデナデしてあげた。ほほを赤くしているので、たぶんうれしいんだと思う。


「それじゃ、さっそく見せてもらおうかな。ロザリアが作った『食器洗い乾燥機』とやらの性能を。あ、洗いはこれを使ってよ。テレレレッテレ~! 液体洗剤~!」


 パチパチパチ。今度はネロが拍手をしてくれた。先ほどその性能を目の当たりにしたばかりだからね。この液体洗剤がどれだけすごいのか、良く分かっているようだ。

 首をひねる三人を連れて、さっそく調理場へと向かった。


「これはこれはユリウス様、ロザリア様。本日はどのようなご用件で?」

「今日はこれを持って来ましたわ!」


 ロザリアがネロが両手で持っている魔道具を、胸を反らしながら紹介した。さすがにまだ七歳なので、そこはまだ草原のように平らだった。

 それを見て合点が行った料理長。


「ロザリア様が作っていた魔道具が完成したのですね。ぜひとも使わせていただきますよ」


 料理長がにこやかにそう答えた。ロザリアが魔道具を作っていることは、今ではハイネ辺境伯家のみんなが受け入れてくれている。実に良い傾向である。

 俺たちはさっそくそれを洗い場に設置した。


「これは勝手に食器を洗ってくれる魔道具ですわ。乾燥までやってくれますのよ」

「おお、乾燥まで! それならタオルで拭く手間が省けますな」


 貴族の食事では一度に大量の食器を使うことになる。洗いは大変だし、洗った後の片付けも大変だろう。食器が乾くまでには時間がかかるようで、最終的にはタオルで拭くことになっているようだ。


「装置にはこの液体洗剤を使ってもらいたい。これは食器を洗った後の泡や、石けんの残りを、簡単に洗い流せるようになっているんだ」

「そのような便利なものが……」


 料理長や、騒ぎを聞きつけてやって来た料理人たちの目が点になっている。すすぎ洗いには苦労していたんだろうな。もっと早く気がついてあげれば良かった。だがもう大丈夫。泡切れの良い液体洗剤ができた。


「試しにさっそく『食器洗い乾燥機』を使ってもらいたいんだけど、何か汚れ物はあるかな?」

「こちらにこれから洗おうと思っていた食器があります」


 案内された場所にはティーカップや、お皿がいくつも置いてあった。どうやらだれかお茶会を開いていたようである。お母様かな? 最近は領内の貴族を呼んでダニエラお義姉様とミーカお義姉様を積極的に紹介しているからね。雪が深くなってみんなの動きが鈍くなる前にある程度紹介をしておくつもりのようである。


 本来ならハイネ辺境伯家でダンスパーティーを開いて大々的に紹介したいんだろうけど、ちょっと今は時期が悪いからね。冬支度で忙しいときに呼びつけるわけにはいかない。

 たぶん雪が溶けて春になったら開催されることになるだろう。

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