第265話 液体洗剤

 ロザリアの「食器洗い乾燥機」が完成する前に、食器洗いにも使ってもらえるような洗剤を作っておこう。

 そう思った俺は、「ドライフルーツ自動作製魔道具」を三台作ったところですぐに液体洗剤の作製に移った。

 久しぶりの調合室である。ようやくホームに戻ってきた感じがある。俺、魔法薬師が本業なのに。


「よし、やるぞ」

「ずいぶんと気合いが入っていますね」

「お、分かっちゃう? 俺、実は魔法薬師なんだ」

「もちろん、存じ上げておりますよ」


 ネロが苦笑している。俺がやたらとテンションが高いからだろう。だってしょうがないよね。ここのところ魔道具しか作ってなかったんだから。

 それではさっそく液体洗剤を作るわけだが、必要な素材がいくつか足りていない。まずはそれを作らないとね。


 必要な素材は大きく分けて三つ。一つは当然のことながら主原料となる石けん。それは屋敷や騎士団の宿舎にあるものを失敬してくれば良いので問題ない。あと必要なのが、ソーダ水とブルースライム水。


「ソーダ水から作るかな」

「あの、見学させても構わないでしょうか?」

「もちろんだよ。興味があるなら作ってみる?」

「いえ、さすがにそこまでは……」


 ネロは今、俺の世話と行儀見習いとしての訓練なんかで忙しいからね。とてもではないが魔法薬の作り方を学ぶ時間はないのだろう。それにそろそろ一緒に先生から学問を習うことになるはずだ。そうなれば、目が回るほど忙しくなるだろう。


 うーん、ネロに悪いことしちゃったかな? 俺が雇わなければもっとホワイトな職場で働くことができたかも知れないのに。ここの職場は考えれば考えるほどブラックに近いよね。


「ネロ、言いたいことがあったら、何でも遠慮なく言っていいからね」

「はあ……」


 あれ、何だかネロが困惑しているかのように首をひねっているぞ。まあいいか。そのうち分かるだろう。気を取り直して。

 ソーダ水の原料になる岩塩を鍋の中に入れる。そこに蒸留水を入れると火にかけた。これに魔力を加えながらかき混ぜるとあら不思議。ソーダ水の完成だ。


 きっと岩塩の主成分である塩化ナトリウムと、空気中の二酸化炭素を強引に結合させて炭酸ナトリウムにしているのだろう。ゲームの世界なので何でもありだな。

 ソーダ水が完成したら、次はシルト砂を乳鉢で粉になるまですりつぶし、そこにブルースライムの粘液を加える。粘性のあるパンの生地のようなものができあがった。


「ユリウス様、これは……」


 ネロの顔が引きつっている。毒々しい青色のそれは見るからに怪しい物体であった。


「これを蒸留水に溶かすと、ブルースライム水になるんだよ。これと石けんを細かく砕いたものと、さっき作ったソーダ水を加えて混ぜ合わせれば『液体洗剤』の完成だよ」

「な、なるほど」


 あとは追加の素材を加えることで、その洗浄効果が変化するのだ。布製の物を洗うときは汚れが良く落ちるように酵素を追加しておこう。何のことはない。シャインレモンの果汁を加えるだけである。


 食器洗いには洗剤が残らないようにするために、ブルースライムの粉末を少し混ぜておこう。これでちょっとの水でもしっかり洗剤を洗い流すことができるぞ。

 大きめの鍋に三つの素材を混ぜてグルグルとかき混ぜると、淡い青色の液体が完成した。あとはこれにそれぞれの用途に会わせた添加物を加えるだけである。

 まずはシャインレモンを添加してみる。すぐに液体の色が青緑色に変わった。


 液体洗剤:高品質。皮脂汚れもしっかり落とす。繊維に柔軟性を与える。効果(大)。


 何ということでしょう。これ一つで柔軟剤の効果もあるとは。これで柔軟剤を別に作る必要がなくなったぞ。ありがたや。


「よーしよしよし。思った以上の出来だぞ。これは良い洗濯用液体洗剤だ」

「おめでとうございます」


 ネロが一緒によろこんでくれた。それじゃ気を良くしたまま、先ほどの液体洗剤にブルースライムの粉末を加えてみるとしよう。今度は液体洗剤が濃い青色へと変わった。


 液体洗剤:高品質。油汚れもしっかり落とす。ゆすぎが容易。効果(大)。


 うむ、どうやらこちらも問題ないようである。だが同じ名前なのはちょっと問題があるかも知れないな。商品を確認する鑑定士がちょっと大変そうだ。元が同じものなので仕方がないけどね。


「これでよし」

「同じようなものなのに、色が全く違いますね」

「そうだね。でもそのおかげで、どっちがどっちなのか簡単に見分けがつくから助かったよ。あとは実際に使ってみるだけだね」


 液体洗剤を持ってさっそく騎士団の宿舎へと向かった。ここには洗濯機が置いてあり、なおかつ汚れ物も大量にあるはずだ。突然現れたにもかかわらず、騎士たちは温かく迎えてくれた。

 それもそうか。俺が騎士団に来るのにはもう慣れっこだもんね。


「みんなに良いものを持って来たぞ。テレレレッテレ~! 液体洗剤~!」


 シン、と静まり返る部屋の中で洗濯機だけがグオングオンとメロディーを奏でていた。

 ちょっと恥ずかしい。拍手くらいしてくれてもいいじゃない。


「えっと、ユリウス様、液体洗剤とは?」

「服を洗う石けんを液体にしたものだよ。毎回、石けんを粉にして、水に溶かすのは大変だろう? でも、これさえあれば大丈夫。どんな頑固な汚れでもキレイに落とすぞ。たぶん」


 その場にいた全員が期待と不安の入り交じった複雑な顔をしていた。論より証拠。実際に使ってもらった方が早いな。


「まずは使ってみてよ。できれば汚れがひどい物を洗うときに使って欲しいかな。その方がどのくらいキレイになるかが分かりやすいからね」

「かしこまりました。ではせんえつながらこちらで」


 念のため下洗いしてから洗うつもりだったのだろう。カゴには泥だらけの服がいくつも入っていた。こんなにどろんこになるまで訓練をしているだなんて、本当に頭が下がるな。

 使用容量を確認し、さっそく使ってもらった。頼んだぞ、液体洗剤。お前の力を見せてやれ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る