第264話 感激する料理長

 ネロが色んな種類の果物を持って戻って来た……のは良いんだけど、その後ろから料理長と、ミラを抱えたアレックスお兄様がやって来た。


「ネロに聞いたよ。もう完成したんだって? それなら料理長に使い方を教える必要があるよね」

「ユリウス様がお作りになったドライフルーツがまた食べられるとは……! 感激です!」


 なぜかドライフルーツ信者になっている料理長が涙を流している。涙を流すほどよろこんでもらえるとは思ってもみなかった。これ庶民に広がると大変なことになるのではなかろうか? まあその辺りはアレックスお兄様が何とかしてくれるだろう。


「一応、形にはなりましたが、本当に問題がないかどうかはこれから試してみないと分かりませんね」

「なるほどね。私も見学させてもらっても良いかな?」

「もちろんですよ」


 どうやら「ドライフルーツ特産品大作戦」の責任者として、どのような魔道具になったのかを知っておきたいようである。真面目だな、アレックスお兄様。俺は全てを料理長に丸投げしようと思っているのに。


「違う種類の果物を同時にドライフルーツにするのは無理ですが、一種類ずつなら勝手に作ってくれます」

「勝手に? 先ほどのように裏返したり、乾燥具合を確認したりしなくて良いんですかい?」

「そうだよ。音が鳴ったら完成だよ。魔道具もそこで勝手に止まる」

「何と……」


 料理長が目を見開いてぼう然としている。そうだよね、さっき事細かに書いていたメモが全部無駄になってしまったからね。本当にすまないと思っている。


「もちろん、この魔道具が予定通りの性能を発揮してくれたらの話だけどね」


 そう言ってできたてホヤホヤの「ドライフルーツ自動作製魔道具」をポンとたたいた。

 料理長がその場で果物をカットしてくれた。さすがは料理長の目利きをくぐり抜けた果物なだけあって、どれもそのままでも十分においしそうである。ドライフルーツにするのがもったいないな。


 ミラがそれを食べたそうに目で訴えたが、心を鬼にして何とか耐えた。俺だから何とか耐えることができたけど、心優しい料理長なら無理だな。

 魔道具に入れて開始ボタンを押す。あとは音が鳴るのを待つだけである。

 チン! とベルのような音が鳴った。一回だと聞き逃す恐れがあるので何度か鳴るようにした方が良いな。メロディーにするのも良いかも知れない。


「ユリウス様、もうできたのですか? ずいぶんと時間が短いような気がするのですが」

「さすがは料理長。良く気がついたね。時間を短縮できるように改良したんだ。まさかここまで時間が短くなるとは思ってなかったけどね」


 金網の上に果物を置くようにして、かつ、除湿の魔道具を上下につけたことを説明すると、「ほう」と感心したように声を上げていた。仕組みは良く分からなかったかも知れないが、すごいことはお分かりいただけたようである。


 ドライフルーツの制作時間は、三十分くらいかかっていたのが十分程度になっていた。これなら気軽にたくさん作ることができそうだ。出来上がったドライフルーツを取り出すと、先ほどと同じく甘い香りが工作室の中に広がった。問題なく完成したようである。


「キュ!」

「お兄様!」


 すぐにミラとロザリアが両手を前に出した。ちょうだいのポーズである。もう、しょうがないな。二人にドライフルーツを渡し、アレックスお兄様と料理長にもどうぞと進める。もちろんネロとリーリエにもあげる。自分の分がなくなったが、他の人の反応を見れば結果はおのずと分かるだろう。


「これはおいしい。合格だね」

「まさか、勝手に調理されたのにここまでおいしいとは。私はどうすれば……」

「料理長、どうもしなくて良いからね!? そのままのおいしい料理を作る料理長でいてもらわないと!」


 なぜか料理長が落ち込みだした。まさか魔道具に負けたとか思ってないよね? そんなことないからね。きっと俺たちが手塩にかけて作ったドライフルーツの方がおいしかったはずだから。


「おいしいですわ、お兄様。まさか本当に果物を入れるだけでドライフルーツができるだなんて」

「キュ」

「そのための魔道具だからね。ちょっと改良すれば干物も……」

「干物? ユリウス様、そのお話、詳しく」


 料理長がグイグイと近づいてきた。

 こうしてハイネ辺境伯領に新しく干物文化が生まれた。魚を干物にすることで、さらにおいしく食べられるようになったのだ。


 ドライフルーツと干物は瞬く間に領内に広がった。その結果、ハイネ辺境伯家では到底間に合わないため、本格的に事業に乗り出すことになってしまった。


 アレックスお兄様を筆頭に、新しい商会をハイネ辺境伯家の下に作ることになった。そこにはもちろんダニエラお義姉様も加わっている。ドライフルーツ自動作製魔道具は一つでは足りなかったため、計三台ほど作ることになってしまった。


 春になれば領都の外にも売り出すようなので追加で作ることが決まっている。どこかの魔道具師に作るのを任せようと思っていたのだが、アレックスお兄様いわく、まだ技術を独占しておきたいらしい。なので当分は俺とロザリアで作ることになりそうだ。トホホ。


 ロザリアの「食器洗い乾燥機」もそろそろ完成する。俺が作った「ドライフルーツ自動作製魔道具」よりも複雑な仕組みをしているので、水流の調整や、温風、除湿のバランスに苦戦していたのだ。だがそれをロザリアはやってのけた。魔道具師として大きく成長したのは間違いないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る