第254話 お母様、卒倒する
屋敷の玄関には、今では見慣れた「二足歩行する、仮面をつけたカメ」の姿があった。今回の仮面の色は青である。どうやらもしかしなくても統一を出しているようである。まさか何たら戦隊とかを名乗るつもりじゃないよね?
「あれが精霊様か」
「そうで――」
「奥様! 奥様、しっかりして下さい!」
「アメリアー!」
どうやらお母様が卒倒したようである。さすがは深窓のお嬢様。刺激が強すぎたんだ。
事前にお母様専属使用人に言っていたため、床に倒れるのは避けることができたようだ。お父様が慌ててお母様の体を支えている。
さすがにこれ以上の騒ぎになると精霊に失礼だろう。まったく気にしていない様子を装って挨拶をする。
「初めまして。ユリウス・ハイネです」
「やはり貴殿だったか。貴殿は初めてかも知れぬが、私は以前、会ったことがあるぞ」
「え? あ、もしかして、トラデル川でですか? 失礼ながら気がつきませんでした」
「ハッハッハ、良いのだ。普通の人は我々の姿を見ることができないからな」
そう言って豪快に笑った。そこにお母様を使用人に託したお父様が合流した。やや顔色は悪いが、これ以上の失態はマズイと思っているのか、キリリと顔を引き締めていた。
「ユリウスの父、マクシミリアン・ハイネです。本日はどのようなご用でこちらへ?」
「おお、貴殿がユリウスの父親か。いや、実に良い息子を持ったものだ。我が友、ユリウスのおかげで、我々の仲間の多くが息を吹き返している。今日はそのお礼に参上した」
お礼なんか別にいらないんだけど……同情して魔法薬を与えたのは失敗だったか。そんな俺の頭に優しく手を乗せるお父様。特に怒っているわけではなさそうだ。てっきりお母様を倒れさせたので怒られるかと思った。
「そうでしたか。そのようなお心遣いをしていただけるとは実にありがたいことです。ユリウスは私の誇りですよ」
お父様のほほ笑みが深くなった。どうやら冗談ではないようだ。問題児だとは思われているのだろうが、それよりも慈しみの方が深いらしい。良かった。
「妻もご挨拶をしたかったようですが、どうも体調が優れなかったようで……」
「気にするでない。精霊の姿が刺激的すぎたのだろう。ここまで来る間にも多くの人間に騒がれたわ」
そう言うと、ハッハッハと再び豪快に笑った。その姿で街中を通ってきたのか。本人はきっと「変態」ではなく、「スーパースター」だと思っているんだろうな。精霊様と言われて信仰を集めているのは事実だし、そのように勘違いするのも無理はない。
「あの、他の精霊様に出会ったときにも思っていたのですが、なぜそのお姿なのですか?」
「はて? ユリウスがこの姿を気に入っていると湖の精霊から聞いたのだが」
「そ、そうでしたか~」
スマイル、スマイル。
そんなこと言った覚えはないんだけど……でも逆に否定もしなかったか。もしかしてそれを「是」であると受け取ったのかな? どうしよう、今さら否定するのは湖の精霊の面子を潰すことになりそうなんだけど。
「私もこの姿が気に入っておってな?」
そう言ってボディービルダーのようなポーズを取った。実に見事な筋肉がほとばしる。お父様が思わず「ほお」と声を上げた。それに気分を良くした川の精霊が次々にポーズを取った。この場にミーカお義姉様がいなくて良かったような気がする。
「おっと、忘れるところであった。ユリウス、大変世話になった。貴殿に我が友の証しである加護を授けよう」
川の精霊は指先から何かキラキラしたものを放射すると、俺の手の甲に雫の模様が浮かび上がった。三つ目のジムバッジ、ゲットだぜ! ……トホホ。このペースだと、一体いくつもらうことになるのだろうか。
やるべきことは終わったのだろう。川の精霊は帰って行った。
「ユリウス、お前はどうするつもりだ?」
玄関の前で二人だけになるとお父様がそうつぶやいた。こちらに目を合わせることはなく、先ほど川の精霊が去って行った方を見ている。
「どう、と言われましても……特に何かするつもりもありませんけど?」
「精霊の加護を三つも持っているのだぞ? これまでにそのような人物はいなかったはずだ。今のユリウスなら、国もその存在を無視することはできまい」
「国をどうにかしようなんて思っていませんよ。強いて言えば、これまでも言っていますように、この国の、この世界の魔法薬の発展に少しでも貢献できればと思っています」
「そうか。母上から引き継いだその志は変わらぬか。母上も満足していることだろう」
そうかな? 俺は後ろからポンと肩をたたかれて「いい加減にせえよ?」って笑顔で言われそうな気がしてしょうがないんだけど。
お父様と共にサロンに戻ると、そこにはまだお母様の姿はなかった。それに気がついたお父様は再びサロンから出て行く。きっと愛する妻のところに行ったのだろう。お母様が目を覚ませば事の経緯を話してくれるはずだ。
「ユリウス、何がどうなったのか、話してもらっても良いかな?」
笑顔を浮かべるアレックスお兄様に、川の精霊から加護をもらったこと、川の精霊を見てお母様が卒倒したことを話した。分かる、分かりますわその気持ちと言わんばかりにダニエラお義姉様がうなずいている。
「加護が三つか。きっとそれだけじゃ終わらないんだろうね」
「そう思います。力を取り戻した精霊様がこれからもここに訪れて来るのではないでしょうか」
これからも続々とハイネ辺境伯家に訪れる二足歩行するカメの姿をした精霊たち。領都で変なウワサが立ちそうである。もしかすると、衛兵たちが動き出すかも知れない。
「……ユリウス、あの姿はどうにかならないのかい?」
「それが、精霊様があの姿を気に入っている様子なのですよ。ですから、私の口から別の姿に変えて下さいとはちょっと言えませんね。アレックスお兄様が言ってみてはどうですか?」
「そこは精霊様の友であるユリウスが言うべきなんじゃないの?」
やっぱりそうなりますよね。どうすれば穏便に姿を変えさせることができるかな。だれか知恵を貸して欲しい。ここはネロだ。俺の参謀であるネロに聞こう。決してネロに丸投げしているわけではないぞ。
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