第253話 客人現る

 サロンでの買い物は中止となり、宝石商には「今見たことはだれにも言わないように」と口止めがされていた。商人は真っ青な顔をして何度も何度もうなずいていた。ごめんな、おっちゃん。俺のせいでこんなことに……。


 元々、買い物のあとはお茶会にするつもりだったのだろう。サロンを移動すると、すでにお茶の準備が整っていた。全員がそろって座れるように大きなテーブルが用意してある。ロザリアとミラの席も追加で用意してあった。

 まずは渇いたのどを潤さないと。


「ハア、まずは何から話せば良いのやら……ユリウスはどこでその宝石のことを知ったのかな?」

「お婆様からいただいた『魔法薬の本』の中にその記載がありました。魔法薬の素材として使えないかと検討していたみたいですね」


 もちろんデタラメのウソである。ごめんね、お婆様。こりゃあの世に行ったら、お婆様に後ろから刺されそうだ。用心しないと。

 俺がいつもこのネタを使うからかなのかは分からないが、いぶかしそうな顔をして両親とアレックスお兄様がこちらを見ていた。


「一度、お婆様が書いたという本を見てみたいものだね」

「それはダメですよ。あの本には危険すぎて封印された魔法薬も書かれているのですから。何かあったらどうするのですか」

「うーん、それなら仕方がないね」


 渋々といった様子であきらめてくれたお兄様。お父様もそれ以上、何も言ってこなかった。もしかしてお父様はあの本の中身を読んでるのかな? それでも何も言わないところをみると、あの別の文字で書かれた箇所に書いてあると思っているのだろう。


「すべての属性の魔法が得意だなんて、聞いたことがないんだけど。だれかいたかしら?」


 お母様が目を閉じ、眉間にグリグリと指を当てながら考え込んでいる。他のみんなも考え込んでいる中でアレックスお兄様が口を開いた。


「かつて大賢者と呼ばれ、この世界に魔法を広めた偉人が、すべての属性の魔法を自由自在に使うことができたという記述を見たことがありますね」

「私もその話を読んだことがありますわ。でも、その物語はただのおとぎ話に過ぎないという人が多いですわね」

「得意な属性が四つ以上ある人は見たことがありませんからね。実際に確かめたらウソだったということがほとんどですしね」


 そんな中、俺に注目が集まった。やらないからね? やったらそれを証明することになるじゃない。そうなれば、俺は大賢者になってしまう。


「どうしたものか……やはりこのことは確認しない方が良いだろうな。ユリウスもだれかの前で披露しないように」

「もちろんですよ。証明しても何の利点もないですからね」

「……そうだな。皆もこのことを口外しないように。ロザリアも良いね?」

「分かりましたわ。ユリウスお兄様が虹色の宝石を作ったことはだれにも言いませんわ」


 すごくイイ顔で笑った。とっても欲しそうだ。大丈夫かな、ロザリア。ちょっと不安だ。そうなると、この魔晶石はファビエンヌ嬢にプレゼントすることはできないな。どうしよう。手持ちのプレゼントはもうゼロよ。だれか助けて。


「あの、ファビエンヌ嬢へのプレゼントはどうすれば……」

「改めて新しい物を探すしかないね。さすがにアレをプレゼントするわけにはいかないからね」

「そうなりますよね」


 アレックスお兄様も俺と同じ考えのようである。そりゃそうか。七色に輝く宝石が付いた髪留めをプレゼントされても、もらった相手は困るだろう。


「今回は見送るしかないな。何か代わりになるものを持っていきなさい」

「分かりました。そうします」


 お父様がそう言って締めくくった。代わりのものか。何が良いかな? 女性が喜びそうなもの……お菓子はすでに準備してあるし、さすがにそれだけではまずいだろう。そう言えばファビエンヌ嬢のことは知らないことが多いな。もうちょっと距離を詰めないと。

 そうだ、俺とのデート券とかどうだろうか? やっぱり怒られるかな?


「だ、旦那様、お客様がお見えになりました。何でもユリウス様に会いたいと」


 慌てた様子の使用人がサロンに飛び込んできた。必要な者以外、立ち入り禁止になっていたはずなので、よほどの急ぎなのだろう。その様子にお父様が眉間にシワを寄せている。


「だれだ? そんな予定はなかったはずだぞ」

「そ、それが、川の精霊様だそうで……」

「えええ!? もしかして、カメの格好をしてなかった?」

「そう言われてみれば確かに」


 どうやら使用人の目にも変態に見えたようである。良かった、俺だけじゃなくて。だがそれなら身に覚えがある。雪の精霊だけでは収まらないだろうとは思っていたが、こうも次々に来るとは。


「どうやら心当たりがあるようだな?」

「はい。その方は間違いなく精霊様だと思います」

「そうか。では会いに行くしかないな」

「それなら私も行くわ」


 お母様が名乗りを上げた。会うのはやめた方が良いと思うんだけどなぁ。ほら、ダニエラお義姉様が青い顔をしている。ミーカお義姉様は……ちょっと顔が赤くなっているな。どうやらマッチョな男が好きなようである。良かったね、カインお兄様。カインお兄様は三人兄弟の中で一番マッチョだからね。


「お兄様、私も」

「ロザリアとミラはここで良い子にしててね。ネロ、リーリエ、二人を頼むよ」

「かしこまりました」


 ロザリアの口がダックのようになっているが、ロザリアには刺激が強すぎる。実物を見たお父様が許可を出すまでは見せない方が良いだろう。アレックスお兄様はダニエラお義姉様とここにいるみたいだ。それが良いと思う。席を立たないところを見ると、カインお兄様たちも同じ考えのようだ。ミーカお義姉様に変なウワサが立つと困るからね。

 玄関へと向かう途中に、俺はお母様専属使用人の袖を引っ張った。


「ユリウス坊ちゃま?」

「お母様が倒れるかも知れないから、十分に気をつけておいて」


 使用人の顔がピクピクと動いている。どうやら悪い予感を抱いているようである。心構えさえしておけば共倒れになることはないだろう。お母様専属の使用人は確か伯爵家出身だったはず。お嬢様であることに変わりはないのだ。

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