第246話 気になること

 テーブルの上には領都でしか買うことができないお菓子が並んでいた。各地から王都に集まって来る高級菓子に比べると少し見劣りするが、俺はこの素朴な味が大好きだった。


「うふふ、相変わらずユリウスはそれが好きね~」

「この甘過ぎず、ちょっと歯ごたえのあるところがおいしいのですよ」


 そう言いながらもクッキーを手に取って食べる。たぶんちょっと塩を加えてあるのだろう。甘さが引き立っているような気がする。

 俺がバリバリ食べているのが気になったのか、お義姉様たちも手に取って食べて始めた。


「ユリウスにもようやく王都で友達ができたみたいで安心したぞ。このまま領都に引きこもるつもりなのかと思っていたからな」

「えっと、そのつもりなのですが?」

「……今回のように王都に行かなければならないときもある。ちゃんと王都の友達と手紙のやり取りをするように」

「はい」


 お父様から有無を言わせぬオーラが噴き出した。俺の存在が大きくなりつつあることを危惧しているのかも知れないな。それなら領都から出さずに沈静化を図った方が良いと思うのに。そう思うのは俺だけなのかな?


「キュ~!」

「ミラもただいま。良い子にしてたかい?」

「キュ」


 パタパタと羽を動かしてこちらへ飛んできたミラをキャッチする。

 うーん、さすがにまだ話せないか。ミラと話すなら変身薬を使うことになるんだけど、まだそこまでする必要はないかな。俺がいない間に特に問題は起こっていないみたいだしね。


「お父様、領都での流行病はどうなっていますか?」

「ああ、あれか。ユリウスが先手を打ってくれたおかげで、こちらでは大したことはなかったよ。王都から荷物を運んできた商人が病も一緒に運んできたようで、一時的に領民の間で流行したがね」

「そうなのですね。安心しました」


 どうやら王都ほどの大流行はしなかったみたいである。考えてみればそうか。病を運ぶのは商人か旅人くらいだもんね。貴族の多くは社交界に参加するため、王都に集まっていたしね。


「だが、他の領地ではそうはいかなかったようでな、領内の魔法薬を融通することになったよ。あらかじめそれなりの量の魔法薬を用意していたからずいぶんともうかったぞ」

「そうですか。それは良かったです……」


 おかしいな。確か王宮魔法薬師団を通して、全土の魔法薬ギルドに作り方を流したはずなんだけど……どう言うことなのだろうか。そんな俺の疑問が顔に出ていたのだろう。お母様が眉をハの字に曲げて困ったような顔をしていた。


「どうもハイネ辺境伯領で作られた魔法薬が飲みやすくて評判だったみたいなのよ。それで色んな場所から魔法薬を買い求める人が殺到しちゃってね~」


 そんなことってあるんだ。教えた通りに作れば同じものが作れるはずなのに。もしかして、作り方に従わない人が多かったのだろうか。そんなバカな。確かに既存の魔法薬とは違う作り方ではあったが。


「その中でもファビエンヌちゃんが作った魔法薬が一番人気が高くてね~。もう、大変だったわ」

「……どう言うことですか?」


 ニンマリと口元をゆがめて笑うお母様。何だろう、これから冷やかされるような気がする。

 それまで騒がしかった部屋の中がシンと静まり返った。自然と注目がお母様に集まる。


「あら、ユリウスがファビエンヌちゃんに特別な魔法薬の作り方を教えたのではなかったかしら? あの甘い魔法薬がとても評判だったのよ。魔法薬ギルドが『次はいつ手に入るのですか?』ってここまでやって来て、ごまかすのが大変だったわ~」


 そのときの光景を思い出したのか、扇子で口元を隠しながら笑った。どうやら手紙で頼んでいた通りに、ファビエンヌ嬢が作った魔法薬を取り扱ってくれたようである。ファビエンヌ嬢の家に人が殺到しなくて良かった。


「迷惑をかけてしまってすみません。手を尽くしていただきありがとうございます」

「ハッハッハ、気にするな。こちらもアンベール男爵家と深いつながりができたので、十分に元は取ってある。それよりも、なるべく早くファビエンヌ嬢に挨拶に行くのだぞ?」

「もちろんそのつもりです」

「ユリウスの特別な人なんだから、ちゃんとプレゼントも持って行かないとダメよ。宝石なんかが良いんじゃないかしら?」


 宝石か。前回は確かネックレスをあげたんだよね。それもおそろいのネックレス。今回はどうしようかな。ペアルックの指輪? イヤイヤイヤイヤ、さすがにまだ早いか。俺たちはまだ十歳の子供だぞ?


 いやでも冷静に考えて見ろ。この年齢で婚約者がいるのは特に珍しいことではないぞ。いてもおかしくない。だがしかし、まだ正式に婚約者になっているわけではない。今のところはただの俺の妄想でしかない。どうしようかな?

 こんなときは女性の扱いに定評のあるアレックスお兄様だ。お兄様に意味ありげな目線を送った。届け、この思い。


「そうだね、普段使いできる髪留めなんかはどうかな?」

「それは良い考えですね。そうします。教えて下さってありがとうございます」

「良いんだよ。選ぶのは大変だけど、何事も経験だと思ってやってみるといいよ」


 さすがに最終的には自分で選ぶつもりだけど、助言くらいは欲しかったかな。女性がどのようなものを好むのかが全く分からない。どんなものでも喜ぶよと言われそうだけど、だからと言ってハズレの品を贈りたくはない。


「困っていますわね。それなら私が一緒に選んであげるわ」

「よろしくお願いします、ダニエラお義姉様」


 よし、超強力な助っ人が仲間についたぞ。お姫様なら問題ない。値段が少し高くなるかも知れないが、ファビエンヌ嬢にかけた苦労に比べれば大したことはないはずだ。


「それじゃあ、宝石商を呼ばないといけないわね。楽しくなるわ~。カインもミーカさんに何かプレゼントしなさい」

「え? あ、はい」


 思わぬところから飛び火したようである。狼狽しているようだが、カインお兄様の場合はミーカお義姉様がすぐ近くにいる。そのため一緒に選べば良いだけなので、そこまで困難なミッションではないだろう。ミーカお義姉様がアクセサリーに興味があればの話だが。

 ……武器商人を呼ぶことにとかならないよね? 信じてますよ、ミーカお義姉様。

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