第247話 ミラの成長

 ようやくみんなの肩の力が抜けたところでお茶会はお開きになった。そのあとはお義姉様たちに屋敷の案内をしたり、ロザリアが新しく開発した魔道具を見たりして過ごした。


 そして晩餐会が終わると、俺はお父様とお母様にコッテリと絞られた。どうやら一言物申したいのはお父様だけではなかったようである。最後には疲れた顔で「少しは落ち着いてくれ」とお願いされた。

 確かに大半の原因が俺なんだけど、そうじゃない面もちょっとはあるので、なんだか理不尽を感じた。


「はぁぁあ……」

「お疲れ様です、ユリウス様」

「そう言ってくれるのはネロだけだよ」

「そんなことはありませんよ。皆さんそう思っていますよ」


 自室の机に突っ伏した俺にネロがホットミルクを持って来てくれた。ネロの部屋は俺の隣だ。そしてリーリエの部屋はいつの間にかロザリアの隣になっていた。なんという手際の良さ。どうやら両親はリーリエをロザリアの側仕えにすることに決めたようだ。

 そのかいあってか、ロザリアが俺の部屋に「お兄様、一緒に寝ましょう!」とやって来ることはなかった。ちょっと寂しい。そしてミラはロザリアが連れている。かなり寂しい。


「明日はハイネ辺境伯家の騎士団を紹介するよ」

「はい。楽しみにしています」


 今後はそこで俺と一緒に鍛錬を積む予定である。ネロにはまだまだ強くなってもらわなければならない。いや、でも待った。もしかしなくてもカインお兄様とミーカお義姉様も鍛錬をやりに来るんじゃないのか? そうなると、俺と手合わせを、とか言いだしかねない。


「……なんか行きたくなくなってきた」

「……」


 翌朝起きると隣でミラが寝ていた。いつの間に寝床に入って来たんだ。気がつかなかった。気持ちよさそうに眠っているミラをモフモフしていると、扉がノックされた。


「ユリウス様、起きていますか?」

「うん、起きてるよ」


 返事するとすでに着替えを終えたネロが入って来た。そのままテキパキと俺の着替えの準備を始める。ミラの存在に気がついていないのか、無反応である。


「ネロがミラを部屋に入れたの?」

「え? い、いつの間に!?」


 ベッドに寝転んでいるミラを見て、ギョッとするネロ。その顔はすぐに暗くなった。ミラが俺の部屋に入り込んだことに気がつかなかったことを恥じているのかな? まだ特殊訓練は始まったばかりだし、そこまで気にすることはないと思うんだけどね。


「ネロじゃないのか。だとすると、ミラが勝手に俺の部屋に入ったことになるな。いつの間にそんな知恵を身につけたんだ……」


 これは部屋に鍵をかけておく必要があるな。きっとあの短い手足で頑張って扉を開けたのだろう。その光景はほほ笑ましいが、俺のプライバシーはゼロだな。

 でも部屋の扉が開かなかったらすねるかな? それはそれでちょっと困る。どうしたものか。


「キュ!」


 俺たちの会話で起きたのだろう。ミラが俺の胸に飛び込んで来た。寝癖でグルングルンなっている毛を手ぐしで元に戻す。


「おはよう、ミラ。勝手に部屋に入っちゃダメだよ。ビックリするからね」

「キュ?」


 コテンと首を左に倒すミラ。かわいい。だれにその仕草を習ったんだ。ロザリアかな? 非常にあざとかわいい。あと叱りづらい。ネロが用意してくれた服に着替えると洗面台に向かった。


「おはようございます、アレックスお兄様」

「おはようユリウス。ミラもおはよう」

「キュ!」


 片手を上げて返事をするミラ。なんだかとっても偉そうである。かわいいけど。お兄様もその光景を見てほほ笑んでいる。アレックスお兄様もミラとふれあいたいだろうな。そう思った俺は身だしなみを整えている間、ミラをお兄様に託した。


「今日は午前中に騎士団に挨拶に行こうと思います」

「そうだね、それが良いと思うよ。私は領都に出て、各ギルドに挨拶をしてくるよ。もちろんダニエラ様も一緒だよ」

「あの、カインお兄様たちは?」

「ユリウスと一緒に騎士団に行くんじゃないかな? そしてそのまま騎士たちと手合わせかな?」

「デスヨネ」


 俺はその隙に屋敷に戻るとしよう。本当はネロとも手合わせをしてもらいたいところだけど、日を改めよう。他にもすることはある。

 午後からはファビエンヌ嬢に手紙を書こう。無事に戻ったことと、近日中に会いに行くことを伝えなくてはならないからね。


「おはようございます」

「おはよう、ユリウス。今日は騎士団に行くそうだな? ライオネルによろしく伝えておいてくれ」

「分かりました」


 食堂に向かうと、そこにはすでにお父様の姿があった。女性陣はまだ支度に時間がかかるようである。その間に今日の予定を伝えておく。学園を卒業する年齢になれば自分の裁量で一日の行動を決めることができるが、俺はまだ親の許可がいる年齢だ。


「ユリウスも騎士団に行くのかい? それなら一度、手合わせを……」

「カインお兄様、今日は挨拶に行くだけになります。手紙を書いて、ジャイルとクリストファーにネロを紹介しないといけません」

「そうか。ユリウスも忙しいんだな。それじゃあまた今度だな」


 どうやらあきらめるつもりはないようだ。どうしてこうなった。ミーカお義姉様と手合わせしたのがまずかったのかなぁ。でもあのときは断れそうもなかったし。

 ここは腹をくくって手合わせするしかないのかも知れない。そうこうしているうちに、みんなそろっての朝食になった。


「朝起きてミラがいないと思ったら、お兄様のところに行ってたのね。ずるいわ、ミラ」

「キュ?」


 まるですっとぼけているかのように首をかしげるミラ。いや、たぶんすっとぼけているのだろう。なんという策士。成長したなぁ。そんなことを思っていると、ロザリアが「それなら私もお兄様と一緒に寝る」と言いだして大変だった。何とかその場はなだめることができたけど、時間の問題なのかも知れない。

 これはミラを何とかしなければならないかも分からんね。そんなことを考えていると、ミーカお義姉様がカインお兄様の方に体を向けた。


「今日は騎士団に連れて行って下さると聞いていますわ。楽しみです。あの、剣も持っていった方が良いのでしょうか?」

「あ、いや、えーっと……」


 カインお兄様がお父様の方をチラチラと伺っている。さすがに二日目からご令嬢が騎士に混ざって鍛錬するのはまずいと思う。お父様が小さく首を左右に振るのが分かった。


「ミーカ、今日は挨拶だけだよ。まずは屋敷のみんなに顔を知ってもらわなければならないからね」

「そうなのですか。残念です」


 ションボリとうなだれるミーカお義姉様。その小さくなった背中をさすってあげるカインお兄様。脳筋バカップルだ、これ!

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