第245話 報告会

 ロザリアとミラから熱烈な歓迎を受けている間に、アレックスお兄様とダニエラお義姉様も馬車から降りてきた。


「よくぞ無事に戻って来た。ダニエラ様もようこそおいで下さいました」

「しばらくの間お世話になりますわ。ハイネ辺境伯、辺境伯夫人」

「王城と同じようにはいきませんが、精一杯おもてなしさせていただきますわ」


 お母様が「これぞ淑女の鑑」と言わんばかりの笑顔を浮かべた。

 両親がダニエラお義姉様と挨拶を交わしている間に最後尾の馬車が到着する。馬車の中からは表情を硬くしたしたカインお兄様がミーカお義姉様の手を取りながら降りてきた。


「ただいま戻りました」

「お帰り、カイン。そちらがミーカ嬢かね?」

「ミーカ・ラニエミです。突然の訪問をどうぞお許し下さい」


 ミーカお義姉様が深く頭を下げた。もしかして事前に許可を取らずに連れてきたのかな? それはちょっとまずいのではないだろうか。ここは義弟として俺が――。


「顔を上げたまえ。カインに『いい人がいたらいつでも連れて来るように』と言ったのは私だ。ミーカ嬢、ハイネ辺境伯家へようこそ。歓迎するよ」


 お父様が優しくほほ笑んでいる。その隣でお母様も同じように笑っていた。その顔にはどこかホッとしたような雰囲気があった。カインお兄様が脳みそまで剣術で一杯になっていなくて良かった、といったところだろうか。


「カインがずいぶんと学園に行きたがったのはミーカさんに会いたかったからなのね。ようやく納得できたわ~」


 口元に扇子を当てて、目だけでニヤニヤと笑うお母様。実に器用である。それに気がついたミーカお義姉様が顔を赤くしてうつむいた。かわいい。そんなお義姉様の様子を見られないようにするためか、カインお兄様が後ろに隠した。


「ユリウスもお帰り。色々とあったようだな?」

「ええ、まあ、色々と」


 ついでのようにお父様に声をかけられた。きっと俺に言いたいことがたくさんあるのだろう。小言はあとでたくさん言われるとして、今はやらなければいけないことがある。


「私の従者になるネロです。隣にいるのがネロの妹のリーリエです」


 二人がそろってお辞儀をした。同じくらいの年齢の女の子がいることに気がついたロザリアの目がシイタケみたいになっている。


「話はアレックスから聞いている。ユリウスにはずいぶんと手を焼くことになるだろうが、どうかよろしく頼むよ」

「お気遣いありがとうございます。ユリウス様からは日々、学ぶことばかりです」

「そ、そうか」


 お父様が困惑した表情を浮かべている。ちょうど良い抑え役を見つけたと思ったら、問題児が二人に増えそうだ、そんな失礼なことを考えているような顔である。きっと自分でも何を言っているのか分からない恐怖に駆られていることだろう。


「さあ、いつまでも外で話していないで中に入りましょう。お茶の準備はしてありますわよ」


 お母様の音頭でみんなが動き出した。ロザリアはさっそくリーリエとミラを共有していた。リーリエは俺の専属の使用人にするよりもロザリアの従者にした方が良いかも知れないな。要検討だな。




 ハイネ辺境伯家で一番日当たりが良いサロンには、冬の訪れを感じさせない暖かな空気が満ちていた。馬車での移動中はちょっと寒かったのでどこかホッとする。室内にはしっかりと冷温送風機の魔道具が設置されていた。暖炉にも火は入れてあったが、ずいぶんと弱火である。


「長旅で疲れただろう? 報告は明日聞くことにして、今日はゆっくりと疲れを取るといい」

「そうさせてもらいたいところなのですが、早急に報告したいことがありまして……」

「……何かな?」


 片方の眉を器用に上げたお父様の口元が引きつっている。その顔は「また何かあったの?」とでも言いたそうである。アレックスお兄様は「雪の精霊と俺の話」と「スノウウルフと俺の話」をした。どっちも俺が絡んでる!

 俺は素知らぬ顔をしてお茶を飲んだ。ホッとする一杯である。


「ユリウス、あとで執務室まで来るように」

「……はい」


 やっぱり許されなかったよ。アレックスお兄様からの報告は別で受けるようである。しょうがないけど、俺が回避できない部分がほとんどだよね? 俺、巻き込まれただけだよね?


「ユリウスお兄様、氷室を作ったと聞きましたわ。私も作ってみたいです!」

「キュ!」

「良いんじゃないかな? お父様が許可をくれればの話だけど……」


 お父様は眉間に深いシワを刻んでいた。ロザリアにやらせて良いものか悩んでいるようである。あれかな、もしかしてお父様はロザリアを魔道具師にしたくないのかな? ロザリアもそのうち家を出ることになるのだから、手に職をつけておいた方が良いと思うんだけど。


「お父様、私、氷室を作りたいです」


 おーっとロザリアのおねだり攻撃が炸裂したー! クリーンヒット! お父様の表情がアッパーカットを受けたかのように揺れている。どうする? やるのか!? まだやれるのか?


「ロザリア、そのことについてはお母様がユリウスと話しておくわ」


 おーっとお母様がタオルを投げたー! どうやら分が悪いと判断したようだー!

 そしてなぜか俺が引き合いに出されるというハプニングが。なんでや。あ、お母様の目が笑ってない。余計なことを言いやがってみたいな顔になってる。お母様もロザリアが魔道具師になるのは反対なのかな? しっかりと聞いておかないといけないな。


「ああ、ミラちゃん。素敵な抱き心地……」


 ロザリアの手からミーカお義姉様の手に渡ったミラはしっかりと抱きしめられていた。そのうちミーカお義姉様はミラを吸い始めるんじゃないかな。良く見るとダニエラお義姉様も抱っこしたいのか、両手をワキワキさせていた。これはあとで取り合いになりそうだな。

 ちょっとだけジェラシーを感じる。アレックスお兄様とカインお兄様はもっとそれを感じているだろうな。


 ロザリアとリーリエはすでに仲良くなったようで、ソファー席に移動するとすごろくで遊び始めた。どうやら屋敷でリーリエが孤立する心配はなさそうだね。ちょっと安心した。

 その後はこれまでにあった出来事をお互いに語り合った。

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