第244話 私は帰ってきた! 領都に

 しびれた足でヨロヨロとソファーに座ると、すぐにネロが飲み物を持って来てくれた。


「ユリウス様、どうぞ」

「ありがとう。ネロは怒られなかった? 俺が勝手に馬車から降りたから何か言われたんじゃない?」

「いえ、特には何も言われませんでした。お心遣い、ありがとうございます」


 深々と頭を下げるネロ。何だかこの旅路の間に、俺に対する忠誠心がさらに上がったような気がする。また同じようなことがあったら、ネロも一緒について来そうな感じである。

 ネロにはリーリエがいるんだから、もっと自分を大事にしてもらわないといけないな。そんなことを言ったら、俺にも家族がいるから人のことは言えないんだけどね。


「明日は領都に到着するよ。王都ほどはにぎわっていないけど、古都ではあるので退屈はしないと思うよ」

「領都に到着するのが楽しみです」


 ネロが本当にうれしそうな表情でそう言ってくれた。そのうち王都にも劣らないほどのにぎわいを見せることができるようになると良いな。


「やれやれ。この辺りも季節外れの雪が降ってずいぶんと騒ぎになっていたみたいだね。町長に説明をしてきたからしばらくすれば収まると思うけど」

「お疲れ様です、アレックスお兄様」

「まあこれも領主の仕事の一つだよ。事前にユリウスが解決してくれていたから良かったものの、原因不明だったら大事になっていたところだよ」


 お兄様が苦笑いをしてる。どうやら俺をおだてているわけではなく、本気でそう思っているようだ。

 その日の夕食は町長の家に招かれることになった。それだけ町長が季節外れの雪が降ったことを問題視していたのだろう。食事には野うさぎの肉を使った料理が提供された。ほどよい弾力があり、とてもおいしかった。


「スノウウルフのことは話しておいたよ。町の人たちに警戒するように言ってくれるそうだ」

「この先の道にも出る恐れがありますね」

「そうだね。カイン、今回みたいに、飛び出さないようにね?」

「も、もちろんですよ。分かっています」


 青い顔をしたカインお兄様が引きつった笑顔を浮かべている。ミーカお義姉様はこの話題はまずいと思ったのか、だんまりを決め込んでいた。賢い。ダニエラお義姉様が何か言いたそうな顔をしているのがちょっと怖いな。まさか魔物が出たら、俺をけしかけようとか思ってないよね?


「騎士たちに先頭を行ってもらうことにするよ。ユリウスは魔物を察知できるみたいだから隊列の真ん中で周囲に警戒して欲しい」

「分かりました」


 今回の件で、俺の索敵能力がとても高いということが明らかになってしまった。騎士たちの中にも当然、索敵能力が高い人がいるのだが、どうやらその人よりも俺の方が優れているようだ。

 それもそうか。俺の索敵能力は別次元の能力だからね。スキルポイントもそれなりに振っている。ソロプレイで素材を集めに行くことが多かったからね。ボッチではない。


「カインたちが乗る馬車は最後尾だ。念のため、後ろを警戒するように。いいかい?」

「分かりました」


 ちょっと不満そうに口をとがらせたカインお兄様が渋々了承した。前方に魔物が現れたとしても、たぶん出番はないだろう。後方から魔物が襲ってくることは、馬車が止まらない限りはほぼないと言って良いだろう。




 翌日の天気は快晴だった。スッキリとした青空が見えている。俺たちを乗せた馬車は軽快に街道を進んで行った。途中でスノウウルフに出くわしたが、前方にいた騎士たちがいとも簡単に片付けていた。

 さすがにこれ以上、アレックスお兄様の前で不祥事を起こすわけにはいかないか。騎士たちの本気を見たような気がした。


「アレックス様、領都が見えて来ました!」


 先頭を行く騎士から声がかかった。森を抜けて視界が開けると領都が見えて来た。三ヶ月ほどしか離れていなかったのだが、どこか懐かしく感じてしまった。


「ようやく領都に到着するね。これほどまでに道中で色々あったのは初めてだよ。いつもなら魔物に遭遇することさえないからね」


 笑顔でこちらを見るお兄様。そんな目で見られたら俺が何かフラグを呼び寄せたみたいじゃないですか。ここは遺憾の意を表したい。俺のせいではない。たまたま運が悪かっただけである。


「私は初めてのことばかりでとても刺激的でしたわ。一生忘れることはないと思います」


 そう言って俺の方を見て笑うダニエラお義姉様。できればすぐに忘れて欲しい。王宮に戻ったときに、俺の武勇伝として語られないことを祈るばかりである。

 馬車はずんずんと進み、ついに領都に入った。領都の様子はいつもと変わらないように見えたが、日陰になっている部分には少しだけ雪が残っていた。


「アレックスお兄様、雪が積もっていたみたいですね」

「そうみたいだね。お父様には先行して手紙を出しておいたから、異常事態には対処してくれていたはずだよ」


 そのためなのだろう。領都では特に大きな騒ぎにはなっていないようである。道を行く人たちはいつもと同じ、明るい笑顔を浮かべている。ハイネ辺境伯家一行の一団を見てお辞儀をしている人たちも多かった。


「ハイネ辺境伯家は領民から慕われているようですわね」

「お父様の統治が優れていますからね。冬の準備だけではなく、定期的に競馬を開催してお金を庶民に流通させていますし、ダーツなんかの娯楽も提供しています。他にも魔法薬や魔道具なんかも、他の場所よりも庶民が手に入れやすくなっていると思いますよ」


 ダニエラお義姉様がそれを聞きながらうれしそうにうなずいている。これなら嫁に来ても大丈夫だと思っているのだろう。領民にはまだこの国のお姫様がアレックスお兄様の婚約者になっていることは伏せてあるはずだ。聞いたらきっと、ビックリするだろうな。


 それにしても……お父様の功績のほとんどが俺に絡んでない? そのことがダニエラお義姉様にばれたら、今度こそ、あの豊満な胸で窒息死するかも知れない。

 その事実にひそかに震える俺を乗せた馬車が止まる。扉が開かれるとそこにはロザリアと、ロザリアに抱きかかえられたミラが待っていた。


「ユリウスお兄様、お帰りなさい!」

「キュー!」


 二人からの熱烈な歓迎を受けた。領都よ、私は帰ってきた!

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