第243話 抜刀術

 こちらに向かって飛び込んで来たスノウウルフを鞘から刀を抜く手も見せずに切った。そして瞬時に納刀した。抜刀術である。言いにくいな、これ。あっという間に五匹が魔石に変わった。

 先制攻撃を仕掛けたはずのスノウウルフが一度に消えたのを警戒したのか、後方から来たスノウウルフが立ち止まった。


「な、何だ、今のは!?」

「いつの間にユリウス様は剣を抜いたのだ!?」


 困惑する騎士たち。いかんなー、今は戦闘中だよ、君たち。あとでお兄様を交えて説教だな。騎士が動揺する様子をチャンスと見たのか、残りのスノウウルフが一気に飛びかかってきた。


「次が来るぞ、油断するな! アイスニードル!」


 地面に残る雪の間から無数の氷のつららが出現し、スノウウルフの体を貫いた。それを逃れた個体は残さず抜刀術で仕留める。

 別に鞘から刀を抜いて退治しても良いんだけど、抜刀術なら遠距離攻撃ボーナスによってちょっと遠くからでも攻撃が当たるんだよね。なので適当に刀を振っても当たるので楽なのだ。

 あっという間にこちらの不意を突こうとしていたスノウウルフ十三匹は魔石になった。


「お、お見事です、ユリウス様」

「ん。これから冷温送風機の魔道具を使うのに必要になると思うから、魔石を拾っておいてよ」

「承知いたしました!」


 命令を受けた騎士たちがキビキビと動き始めた。周囲に他の魔物の反応はないみたいだな。まさか街道に魔物が出るだなんて思わなかった。先日降った雪は本当に驚くほど早い時期に降ったのだろう。それで勘違いしたスノウウルフが「狩りの季節だ、ヒャッハー!」って森の中から出て来て、返り討ちに遭ったというわけだ。何か、ごめんな?


 馬車に戻るとダニエラお義姉様が両手を広げて待っていた。えっと、これはどのように反応するのが正解なのかな? 『探索』スキルを前方に集中させると、どうやら前方ではまだスノウウルフと戦っているようである。

 手助けに行くか? いや、この場をアレックスお兄様に頼まれたのだ。前方はお兄様たちに任せよう。


「えっと、ダニエラお義姉様、スノウウルフを片付けてまいりました」

「すごい……!」


 そう言ってムギュッと抱きしめてきた。胸の弾力がすげえ! 顔が、顔が胸の谷間に埋まる! 助けてネロ! ……ネロ? どうしてダニエラお義姉様と同じような顔をしているんですかね?

 初めて見たのだろう。魔物との戦いに興奮した様子のダニエラお義姉様は、アレックスお兄様が戻って来るまでハイテンションで俺に語りかけていた。興奮するとこうなるのか。


「ただいま。前を行く荷馬車はどうにかなったよ。カインとミーカ嬢は町に着いたらお説教だけどね。ユリウスはしっかりとダニエラ様を守ってくれたみたいだけど……どんな状況?」


 いまだにダニエラお義姉様に抱きつかれている俺を見てお兄様がいぶかしむように眉をひそめた。そこからダニエラお義姉様のハイテンションな語りが再び始まった。話す内容が脚色されているようでされていないのが頭の痛い問題である。

 つまり、俺が全部一人で片付けたということである。何匹か騎士に倒させるべきだったかな? でも万が一、馬車の方に行かれたらダニエラお義姉様にトラウマが……。


「なるほどね。前方にはユリウスを行かせた方が良かったかな?」


 笑顔のアレックスお兄様が怖い。あの糸のように細い目。見えているのかな? これはカインお兄様たちと一緒に俺もお説教をされた方が良いのかも知れない。

 次の町に着くと、どこかで俺の武勇伝を聞きつけたのかカインお兄様たちがやって来た。


「聞いたぞ、ユリウス。スノウウルフをたった一人で片付けたらしいな?」

「それもすごい剣術だったそうですね。私にもその剣術を見せて下さい」


 ミーカお義姉様の胸が迫って来た。いや、えっと、皆さんが見てますよー? そんなことを知ってか知らずか、俺はミーカお義姉様に捕まった。抜刀術を見せるまで離れなさそうな感じである。色々とあきらめた俺は町の片隅でコッソリと抜刀術を見せた。


「ユリウス、どこでその剣術を学んだんだい?」

「それはもちろん、王宮で剣術を学んだときにですよ」

「うーん、そんな剣術を使える騎士がいたかなぁ?」


 アレックスお兄様が首をかしげている。まずいぞこれは。お兄様は王宮騎士に知り合いがいるんだった。それだと俺がウソをついていることがばれてしまう。どうか雪解けのころまでには忘れられていますように。


「ユリウスちゃん、私にもその剣術を教えて下さい」

「えっと、ちょっと難しいかと思います。特殊な剣術ですし、この独特の武器を使わないとたぶんできないので」


 俺はミーカお義姉様に刀を見せた。それを両手で受け取って、じっくりと観察している。ミーカお義姉様が愛用している剣とはまったく違う使い心地なので、習得するのは無理だろうな。


 それを感じ取ったのか、刀を握りしめたままションボリとうつむいた。そのままカインお兄様に慰められながら戻って行った。ちょっとミーカお義姉様、私の刀、返してもらえませんかね?


「いいかい? いくら剣術に自信があるからと言って、護衛もなしに魔物に向かうのは危険だからね? 少なくとも、何人かの騎士を連れて行きなさい。いや、その前に、まずは騎士に向かわせるように。君たちは貴族なんだから、自ら先頭に立つのはやってはいけないことだからね」


 床に座らされてアレックスお兄様からの説教を受ける俺たち三人。完全に問題児だと認識されたようである。何でも騎士たちの制止も聞かずに二人は馬車から飛び出したらしい。

 彼らいわく「実戦経験も積みたかった。今は反省している」とのことである。


 実際に二人の剣術の腕前は良く、アレックスお兄様たちが追いついたときにはすでに七匹ほど倒していたらしい。スノウウルフによるケガなどはなかった。だが、カインお兄様はともかく、ミーカお義姉様はハイネ辺境伯家に取っては大事なお客様である。それを戦闘に連れ出したことで、カインお兄様はその後もコッテリと絞られていた。南無。


「さて、次はユリウスだけど……どうして馬車から降りたのかな? 周りに騎士がいたよね?」

「そ、それは……」


 俺は騎士たちが浮き足立っていたことを話した。どうやら俺の見立ては間違っていなかったらしく、あの場に指揮官となる人物はいなかったらしい。

 どうもアレックスお兄様と一緒に前方へ行っていたようだ。その人も、まさか別のスノウウルフが馬車を襲ってくるとは思ってもみなかったのだろう。


 アレックスお兄様に呼ばれた騎士たちと共に、俺たちは仲良く床の上で説教を受けた。同じ床の上で過ごしたことにより、騎士たちと少しきずなが深まったような気がした。

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