第242話 しょうがないね
俺の願いもむなしく、その後は一切雪は降らなかった。いや、良いんだよ、実に良いことなんだけど、お父様にありのままに起こったことを話すのがツライ。
領都に向かってさらに進むとほんの少しだが道に雪が降り積もっていた。これが雪の精霊が言っていた「時季外れの雪」の影響なのだろう。だが、馬車が走れないほどの積雪ではなかった。
「ユリウスのおかげで問題なく領都に戻れそうだよ。お父様にもしっかりと報告しておかなければいけないね」
「アレックスお兄様も一緒に報告して下さるのですか!?」
「もちろんだよ。この道中での責任者は私だからね」
良かった。どうやら怒られるのは俺だけじゃなさそうである。いっそのこと、ダニエラお義姉様も一緒に来てくれたら、お父様もそこまで怒ることはないと思うんだけど。あ、でもそうなったら個別で呼び出されることになるかも。ぐぬぬ。
「どうしたのかしら? どこか具合でも悪いの?」
そんな俺の表情を見たダニエラお義姉様が、俺の顔をのぞき込んできた。見れば見るほどストライクなんだよなー。俺の年齢がもう少し上なら、俺もダニエラ様の婚約者候補として名乗り出たかも知れない。
「大丈夫ですよ。雪の精霊様から勝手に加護をもらったので、お父様に怒られるのではないかと思って、ちょっと憂鬱なだけですよ」
「その心配は要りませんわ。私もアレクと一緒に報告に伺うのでユリウスちゃんにおとがめがないようにしてあげますわ」
自信たっぷりに笑顔でそう返事をした。ちょっと頼りない義弟だと思われたかな? 不安を話したのは失敗だったかも知れない。
少し落ち込んだ俺を乗せて馬車は進んで行く。このまま問題がなければ次の町はもうすぐだ。
「アレックス様、大変です! 前方を進んでいる荷馬車がスノウウルフに襲われています! その数二十!」
「何だって!? もうスノウウルフが現れたのかい? それに数も多い」
「恐らくは先日までの異常気象で、魔物にも影響が出ているものかと思います」
報告にきた騎士がそう告げた。周囲が騒がしくなる。カチャカチャと金属が擦れ合う音が俺たちの乗る馬車の近くからも聞こえてきた。
ハイネ辺境伯家一行の馬車は騎士が守っているので、スノウウルフが二十匹ほど襲って来ても特に問題ない。軽く蹴散らすのみだ。だが、先を行く荷馬車の方はどうだろうか?
「お兄様、助けに行った方が良いのではないですか? その荷馬車はたぶん領都を目指していますよ」
「分かっている、分かっているけど……」
「大変です! カイン様とミーカ様が!」
「やっぱりそうなったか! あの二人をどうやって止めようかと思っていたところだよ!」
ああもう、と言いながらアレックスお兄様が馬車を飛び降りた。馬車に乗ったまま前に追い付こうとすれば時間がかかる。近距離なら走った方が速い。それでもアレックスお兄様が自ら行くのは、騎士の言葉では二人が止まらないと思ったからだろう。
「ユリウスはダニエラ様をしっかりと守るんだよ! 何人かついてきて!」
そう言うと、馬車を守っていた護衛を何人か引き連れて前方へと走って行った。馬車の中はダニエラお義姉様と二人っきりである。不安になったのかどうかは分からないが、ダニエラお義姉様がそっと俺を抱きしめてきた。胸の圧力がすごい。
「大丈夫ですよ、ダニエラお義姉様。カインお兄様もミーカお義姉様も強いですから。スノウウルフごときには後れを取りませんよ」
「そ、そうですよね。……ユリウスちゃんは怖くはないのですか?」
「怖くは……怖くはないですかね?」
そうか。温室育ちのお姫様にとって、魔物と遭遇するのは初めてなのかも知れない。それなら恐ろしく思うのもしょうがないか。ん? 左から別のスノウウルフが来ているな。数は十三。周囲の騎士たちでも十分に守り切れると思うけど、ダニエラお義姉様に恐怖心を植え付けることになるかも知れない。俺は馬車の窓を開けた。
「左、スノウウルフが十三。こっちに向かって来ているぞ」
「え? は、はい。分かりました。オイ、守備を固めろ!」
グッと俺を抱きかかえるダニエラお義姉様の力が強くなった。胸元についているスライムはぐにょぐにょになっているはずだ。けしからん。だが、これは俺も向かった方が良さそうだ。何だか騎士たちが浮き足立っている。どうやら司令官が不在のようである。ヤレヤレだぜ。
「ダニエラお義姉様はここにいて下さい。私も行ってきます」
「ダメよ、危ないわ!」
さらにグッと腕に力が加わった。おおう、すごい弾力……じゃなかった。堪能している場合じゃないぞ。しっかりするんだ俺。
「大丈夫ですよ。これでも私は剣聖だとか大魔導師だとか言われていますからね」
ダニエラお義姉様を安心させるかのようにウインクをした。ダニエラお義姉様の目がクワッと見開かれた。なんぞ?
「やっぱりあのウワサは本当だったのですね」
「あー、いやー、そのあの」
これはマズイ! まさか王族の間でもウワサになっていただなんて。これはマズイですよユリウスさん! だがしかし、今さら否定するわけにもいかず、ダニエラお義姉様の両腕の力が緩んだ隙に抜け出した。
どうしよう。これは本当にどうしよう。
「ネロ、ダニエラお義姉様を馬車から一歩も外に出すな」
「分かりました。ご武運を!」
あ、止めないのね。俺が行きますとか言うかと思ったけど、まだまだ剣術も魔法も練習中だもんね。自分の力量をしっかりと見極めているみたいなので逆に安心した。そしてそのキラキラした目はダニエラお義姉様にそっくりだね。
……まさか俺の活躍が見たいから名乗り出ないとかじゃないよね? 信じてるからね、ネロ。
「お前たちは馬車を守れ。魔物を一切近づけるな!」
「お、お任せ下さい!」
いかんなー、俺の指示を受けてホッとしたような顔をするなんて。これはあとでお兄様に報告して鍛え直してもらわないといけないな。
「ユリウス様、危険です!」
何人かの騎士が駆け寄ってきた。この騎士たちは使えそうかな?
「危険は承知だ。来たぞ!」
木々の間を駆け抜けて、スノウウルフが飛びかかってきた。さて、王都でカインお兄様に買ってもらった刀の試し斬りをさせてもらおうかな。『刀修練』スキルはそれほど低くはなかったはずだから、多少は俺でも刀を使いこなせるはず。
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