第241話 雪のように溶ける心配

 ひとまずお茶でも、と思って案内しようと思ったら雪の精霊に止められた。


「ここで結構。湖の精霊から、皆が急いでいると言う話を聞いておる。ワシへと気遣いは無用だ」


 うーん、仮面の色以外、ほとんど湖の精霊と変わらないんだよね。これは目隠しされると区別がつかないぞ。どうしたものかと思って後ろから来たみんなの方を見ると、それに気がついたアレックスお兄様が前に進み出てくれた。さすがはお兄様。頼りになる。


「お初にお目にかかります。ユリウスの兄のアレックス・ハイネです。一つ伺いたいことがあるのですがよろしいですか?」

「おお、話は聞いておるぞ。なかなか話の分かる御仁だと聞いておる」

「ありがとうございます。先日降っていた雪は雪の精霊様によるものですか?」


 お兄様の言葉に雪の精霊の口元が引き結ばれた。もしかして機嫌を損ねてしまったかな? 確かに気になることではあったが、原因追及するほどのものではないと思うけど。


「いかにも。ワシの力が弱まってしまったせいで、普段は雪が降らない時期にも雪を降らせてしまった。北ではここよりも雪が降ることになってしまった」


 沈痛そうな声色だった。どうやらいつもよりも早いタイミングで雪が降ったのは雪の精霊が降雪を押さえられなかったのが原因のようである。それにしても、北ではさらに雪が降ったのか。お父様たちもきっと驚いていることだろう。


「だが、心配ご無用! 我が友、ユリウスによりもたらされた魔法薬によって、この通り力を取り戻しつつある。同じ過ちが繰り返されることはないぞ」


 そう言ってニカッと笑ってマッスルポーズをみんなに披露した。一体どこからそのポーズを学んで来るのだろうか。とても疑問だ。あ、ダニエラお義姉様の顔が引きつっているぞ。ミーカお義姉は……何だかちょっとうれしそう!?


「そ、そうなのですね。私の作った魔法薬が雪の精霊様のお役に立てて何よりです」

「ウム。ワシだけではないぞ? きっと多くの精霊がユリウスによって救われることになるであろう」


 なぜか誇らしげに腕を組むカメ。やはり魔法薬を提供したのは間違いだったか……いやでも、自然環境が悪くなるのを放っておくわけにもいかないしなぁ。そんな俺をネロとリーリエが神様でも見るかのようなキラキラした目で見つめていた。

 どうやら俺が倒れる程まで疲弊しながらも魔法薬を作ったことを知っているので、勝手に神格化したようである。とほほのほ。普通の人間として接して欲しかった。


「それでは、これからしばらくは雪は降らないと言うことですね?」

「ウム。その通りだ。そなたも気がついているであろうが、ここ最近の降雪量の増加はワシの力の弱体化によるものだ。これからは徐々に元に戻っていくので安心して欲しい」


 年々、領都周辺に降る雪の量が増えていたのか。生まれて十年が経過しているが全然気がつかなかった。うなずいているところを見ると、アレックスお兄様は気がついていたようだ。さすがだな。カインお兄様は……俺と同じく「はにゃ?」みたいな顔をしている。


「それを聞いて安心しました。領地が完全に雪に閉ざされることになる前に手を打たなければと父と話していたのですよ」

「心配をかけてしまって済まぬな。お父上にも心配は無用だと伝えておいてくれ。いや、ワシが直接行った方が……」

「雪の精霊様! 雪の精霊様が人前にお出ましになりますと、大変な騒ぎになってしまいます。そのお気持ちだけで十分です」


 慌てた様子でお兄様がそう言った。まあ確かに、領都の屋敷にこの姿の雪の精霊が現れたらお母様が卒倒する事態になりかねない。取りやめてもらった方が良いだろう。


「そうか? そこまで言うのなら、そうするとしよう。おっと、忘れるところであった。ユリウスにワシの加護を授けねばならんな」

「え?」


 すっかりと忘れてもらって良かったんだけど。湖の精霊に続いて雪の精霊の加護ももらうことになるの? 大丈夫なの?

 さすがに断ることもできずに前に出た。雪の精霊がシビビと何やら光線のようなものを発射すると、手の甲に雪の結晶が浮かび上がった。これが雪の精霊の加護か。亀の甲羅模様に続いて二個目である。何だかジムバッジみたいだ。


「ありがとうございます」

「礼など不要。むしろこちらが礼を言わねばならぬ。ユリウス、本当にありがとう。友のおかげで消滅するのを免れることができた。それどころか、今は着実に力を取り戻しつつある。必ず友の力になると、ここに誓おう」

「あ、ありがとうございます」


 力になるって、そう言えば加護って何かご利益があるのかな? いつでも呼んだら来るよって言ってたけど、さすがに気軽には呼べないからね。

 やることをやり終えた雪の精霊はこちらに手を振りながら去って行った。


「さあ、次の町へ向けて出発しよう。雪の心配はなくなったみたいだからね。これで安心して領都に進むことができるよ」

「これなら予定よりも早く領都にたどり着けるかも知れませんね」


 先ほどまでの出来事がまるで何もなかったかのようにお兄様たちが動き出した。どうやら何もなかったことにするつもりみたいだ。

 ……さすがにお父様への報告くらいはしてくれるよね? それとももしかして、俺が直接、報告に行くパターンなのかな。いやいや、そんなことないよね。アレックスお兄様に責任をなすりつけたはずだからね。


「ユリウス様、私たちも出発の準備を整えましょう」

「そうだね、そうしよう。ねえ、ネロ、今の出来事、俺がお父様に報告することになるのかな?」

「違うのですか? 精霊様に加護をもらえるなど、とんでもない偉業ですよ。こんな名誉なことをユリウス様自らが報告しないだなんてとんでもない!」


 目を輝かせてネロがそう言った。なるほど、第三者的に見るとそうなるのか。しかしハイネ辺境伯家はその限りじゃないぞ。俺が散々やらかしているせいで「またお前か」って言われかねない。どうしよう。帰り道が雪で閉ざされて欲しくなってきたぞ。

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