第240話 雪の精霊

 ネロとリーリエを誘ってお茶の時間にした。最初は二人とも遠慮していたが、一人で食べるのは寂しい。だから無理を言ってお願いした。お兄様たちもいないし、問題ない。

 カメは魔法薬を渡すと慌ただしく去って行った。どうやら本当に危険が危ない精霊がいるみたいだ。魔力回復薬もいくつか渡したので、それで何とかしのげれば良いのだけれど。


「やっぱり魔力を消費したときには甘い物が一番だね」

「心臓が止まるかと思いましたよ」


 ネロの言葉に小さくうなずくリーリエ。どうやら相当心配をかけてしまったようだ。何度も謝り、今後はなるべくそんなことにならないようにすると約束した。二人とも不満そうだったが。男にはやらなきゃならないときがあるんだよ。


「ユリウス様は道具がなくても魔法薬を作ることができるのですね」

「まあね。かなり特殊な方法だからだれにも見せられないんだけどね」

「すごいです!」


 甘くておいしいケーキを食べて機嫌を取り戻したリーリエが瞳を輝かせてそう言った。魔法薬に興味を持ったのか、それとも俺に興味を持ったのか。後者かな? だとしたらちょと複雑な気分だ。さすがに『ラボラトリー』スキルは教えられない。この世界では特殊なスキルであり過ぎる。

 しばらく三人でお茶をしていると、みんなが帰ってきた。


「ユリウス、魔法薬作りはもう終わったのかい?」

「ええ、終わりましたよ。湖の精霊様に渡しておきました。湖の精霊様はそれを持ってすぐにどこかへ行ってしまいましたけどね」

「そうか。湖の精霊様もお忙しいのだろうね」


 笑うアレックスお兄様だったが、その表情はどこかホッとしたものだった。きっとお兄様も「あれはナシだ」と思っているのだろう。俺もそう思う。以前の「そのまんまカメ」の姿ならまだ良かったのに。


「明日の出発は無理だろうと思っていたけど、これなら大丈夫そうだね」

「はい。問題はありませんよ。予定通りに進めて下さい」

「そうさせてもらうよ。今日はまだ時間があるから、ユリウスも出かけて来ると良いよ」

「それならネロとリーリエと一緒に出かけてきます」


 気苦労をかけてしまったおわびもかねて三人で出かけた。もちろん後ろから護衛の騎士がついて来ていたけどね。

 翌日は宿屋の従業員に見送られながら出発した。本当はもうちょっとゆっくりとしたかったけどしょうがないね。


「あ、雪が降ってきましたね」


 何気なく馬車の外を眺めていると、白くてフワフワしたものが空から降っていた。その量はまだチラホラといった様子だったが、間違いなく冬の到来を告げていた。

 俺の声につられてアレックスお兄様とダニエラお義姉様が窓の外を見ている。


「おかしいな。雪が降るには少し早いような気がするんだけど」

「そうなのですか?」


 ちょっとだけ眉をひそめたダニエラお義姉様が不安そうにしている。もしかすると、今年の冬は厳しいのかな? そうなると、領都では薪がたくさん必要になるな。冷温送風機もたくさん売れることだろう。魔道具を動かす用の魔石も準備しておかないといけないな。


 薪に関しては大丈夫だろう。今年の分の薪を準備するために色々と頑張ったからね。きっと今頃、お父様が着々と薪の準備をしているはずだ。


「さすがにないとは思うけど、雪で道が塞がれる前には領都にたどり着かないとね。ここより北はもっと雪が降っていたりするのかな?」


 どうやらお兄様は予期せぬ降雪で街道が進めなくなることを気にしているようだ。お兄様の反応からして、この時期に雪が降るのは想定外のようである。それもそうか。雪道で塞がれないようにするために、他の貴族よりも早めに王都を出発したのだから。


 ちょっと不安になりながらも先に進んで行く。雪は次の宿場町に着くまで降り続いていた。先を行く先遣隊からは「雪はまだ積もっていない」との報告が上がっていた。まだ、か。これから積もるのかな?

 夕食の席では雪の話題になった。


「これ以上雪が強くなったら先に進めなくなるかも知れない」

「もしそのような事態になったら、先の町で足止めすることになるのですよね?」

「そうなんだが、これから先の町はどこも大きな街じゃないんだよね。この人数で長く滞在するのは難しいだろう」


 それはまずい。雪が降るとなると少なくとも流通が滞る。そうなると、食料や薪が簡単に手に入らなくなる。これだけの人数を補うとなると町への負担は計り知れない。そんな心配をしながら翌日を迎えた。

 次の日は昨日とは打って変わって良い天気だった。雪も降っていない。それよりか、昨日よりも明らかに暖かく感じた。


「何だかおかしいな」

「確かにそうですわね」


 カインお兄様とミーカお義姉様も何かが変だと気がついたようである。アレックスお兄様たちも首をかしげていた。同じ宿屋に泊まっていた騎士や使用人たちはどこかホッとした表情を浮かべている。


「昨日までは、たまたま冷たい寒気がここまで降りてきただけじゃないですか?」


 元いた世界でも本格的な冬シーズンに入る前でも寒気が降りて来ることは普通にあった。なのでこの世界でも同じようなことが起こったのだろうと簡単に片付けようと思ったのだが、どうやらこの世界ではそう簡単にはいかなかったようである。


「それはユリウス、雪の精霊様がこの辺りまで降りて来たということなのかい?」

「はい? いやいや、そのようなことではありませんよ。単に北にある冷たい寒気がこの辺りまで降りてきたのだろうと言うことで、別に雪の精霊様が来たとかそう言うことでは……」


 そのとき、ものすごくちょうど良いタイミングで騎士が駆け込んできた。


「ほ、報告します。雪の精霊様がお見えになっています。ぜひともユリウス様にお礼が言いたいとのことです」


 みんなの視線が俺に集まった。いや、そんな、「お前が原因か」みたいな目で見られても困るんですけど。俺は無実だ。たとえ俺が原因であっても、俺は無実だと訴えたい。

 慌てて席を立ち、案内された場所へと向かう。後ろからはお兄様たちもついて来ていた。


 案内された宿屋の玄関には二足歩行するカメがいた。今度のカメは白い仮面をつけている。後ろから「ヒッ」というか細い声が聞こえた。お義姉様たちかな? さすがにふんどし一丁の姿ではそうなるか。


「あの、雪の精霊様でしょうか?」

「いかにも。雪の精霊である。本日は我が友、ユリウスにお礼を言いに参った」


 ジーザス! いつの間にか雪の精霊とズッ友になってる!

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