第239話 仲間が増えるよ!

 とてもとても困ったような顔をしたアレックスお兄様がこちらを向いた。俺も困っている。お兄様が止めないところをみると「不可」ではないようだ。つまり、俺の判断に任せるということか。責任重大だな。


「なるほど、私の作った魔法薬が欲しいのですね。他の場所でも湖の精霊様と同じように魔力の枯渇が起こっているのですか?」

「よくぞ聞いてくれた。さすがは我が友、ユリウス。そうなのだよ。人間たちの信仰が薄れ、川や草原や森や山が汚れ、かつての輝きを失いつつあるのだよ」


 いつから俺たちはズッ友に……まあ、いいか。原因はやっぱり俺たち人間なんだな。それなら断れないな。それにこの世界の自然を失うのは俺も本望ではない。


「分かりました。可能な限り協力しましょう。ですがご存じのように、あの魔法薬を作るのには希少な素材である『マンドラゴラ』が必要です。さすがにこの時期に手に入れるのは難しいかと思います」

「その心配はないぞ、ユリウス。すでにみんなに頼んで集めてもらっている」


 実にイイ顔でサムズアップをキメた。どうやら俺が断ろうとしても断れないようにするつもりだったようだ。断らなくて良かった。まずは印象値アップだな。


「それならばあとは作るだけですね。えっと、いくつくらい作ればいいのですかね?」

「可能な限りじゃ」

「え?」

「集めてきた素材で、できる限り作ってもらいたい」


 カメは至極真面目な顔をしていた。目が本気である。どうやら本当にマズいことになっている精霊がいるみたいだ。てっきり「この程度の魔法薬、いくらでも手に入るんじゃよ」って自慢したいだけなのかと思った。疑ってごめん。


「分かりました。アレックスお兄様、魔法薬を作ってもよろしいでしょうか?」

「ユリウス……分かった。許可しよう」


 全てを悟ったかのような表情をしたアレックスお兄様。これにより何か問題が起こってもアレックスお兄様が許可したせいになるぞ。リスクの分散、大事だと思います。

 お風呂から上がるとすぐに、使用人に追加の素材としてリンゴとハチミツを頼んでおいた。これで少しは飲みやすくなるはずだ。


 部屋に戻って魔法薬を作るための準備を進めていると、隣の部屋から女性の悲鳴が上がった。何事かと思って慌てて部屋を出ると、お義姉様たちが抱き合って腰を抜かしていた。

 その目の先には湖の精霊がいた。ですよね。どうやらお風呂から戻って来たようだ。


「も、申し訳ありません、湖の精霊様。まさかいらしていたとは思わなくて……」

「申し訳ありませんわ。この街には湖の精霊様がたびたび訪れているというお話は聞いておりましたのに……」

「ヨイヨイ。ワシを初めてみる若い女性は皆同じように腰を抜かすからな」


 ハッハッハと笑う湖の精霊。カメは単純に「湖の精霊」という存在に驚かれていると思っているようだが、腰を抜かしているのはその見た目なのだよ。カメが凹むといけないから言えないけど。だからきっとだれも指摘していないのだろう。湖の精霊の怒りを買いたい人などいない。


 二人の悲鳴に驚いたのは俺だけではなかったようで、慌てた様子のアレックスお兄様とカインお兄様がやって来た。そして状況を見て納得したようである。


「温泉で湖の精霊様がユリウスを待っていたんだよ。魔法薬を作ってもらいたいそうなんだ」

「あら、そうでしたの。もしかして、ユリウスちゃんが湖の精霊様を癒やしたという伝説の魔法薬ですか?」

「そうだね」


 ただの魔力持続回復薬なんだけど、いつの間にか尾びれに背びれがついているな。ダニエラお義姉様の発言をやんわりと否定したが、あの顔は納得していない顔だった。


「ユリウスちゃん、ここで魔法薬を作るのですか?」

「そうなりますね。アレックスお兄様、あちらの部屋を使わせていただきます。魔法薬の作り方は秘密なので、絶対に入って来ないで下さいね」

「ええ~! ユリウスちゃんが魔法薬を作るところを見たかったのに」


 ミーカお義姉様が眉を釣り上げて口をとがらせている。そんなミーカお義姉様をカインお兄様が頭をなでてなだめている。くっ、別にうらやましくなんかないんだからね。イチャイチャしやがって!


 使用人が追加素材を買ってきてくれたところで魔法薬の作成に入った。カメが懐からマンドラゴラを出したとき、再びお義姉様たちが悲鳴を上げた。不気味だもんね、マンドラゴラ。俺はその頭に生えている草の部分をむんずとつかんで部屋へと引きこもった。


 この数だと、二十個くらいは作ることができるかな? 余ったリンゴとハチミツは宿屋の従業員に提供しよう。明日には出発するみたいなことを言っていたので急がなければ。俺は『ラボラトリー』スキルを展開した。




「ユリウス様、飲み物をどうぞ。すぐに甘い物も持って来ますからね」

「ありがとう、ネロ」


 俺に飲み物を渡すと、慌ただしくネロが去って行く。そばではリーリエが涙目でこちらを見ていた。その頭をそっとなでてあげる。


「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから。だからそんな顔をしないで」


 ちょっと頑張りすぎた俺は、魔力の大量消費で思わず部屋の中で膝をついてしまった。俺が思っていたよりも大きな音がしたのだろう。間髪を入れずにネロが部屋の中に飛び込んで来た。その後はご覧の通りである。すぐにソファーに座らされて、リーリエが俺を見守っている。


 お兄様たちが街に観光に出かけていて良かった。この場にいたら色々と面倒なことになっていたところだぞ。ネロがケーキを持って戻って来た。その後ろには湖の精霊の姿もある。


「済まない、ユリウス。無理をさせてしまった」

「そんなことはありませんよ。久しぶりの大仕事にちょっと張り切りすぎただけですから。頼まれた魔法薬はあちらに。全部で二十二本あります」

「おお、確かに。ユリウスが作ってくれた魔法薬は、状態が悪い精霊から先に渡すことになっている。追ってお礼に現れるだろう」

「いや、お礼だなんていりませんよ。ハハハ……」


 本音である。お礼なんていらない。それってあれでしょ? 湖の精霊と同じく加護を授けるとか言ってくるやつでしょ? これ以上カメの仲間が増えても困るんですけど。

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